4月29日。

 ロック画面で日付と時間を確かめる。

 カーテンの向こうから聞こえてくる鳥のさえずりを耳に、アラームの設定を解除した。

 余裕を持って支度を整え、朝食を済ませる。

 門の前で理人を待った。

 曲がり角から姿を現した彼は、既に準備を終えていた私を見るなり、一瞬表情を固くした。

「……菜乃」

 記憶を有していた過去の私と重ねているに違いない。

 本来の私は、一人で起きることも出来なかったのだから。

 理人はいつの私を思い出しているのだろう。

「おはよう」

 私は笑って見せた。

 抑え込むまでもなく、恐怖心は湧いてこない。

 ────目を逸らさないと決めたのだ。

 理人から。そして、現実から。

「……おはよう」

 珍しく、彼の笑顔がぎこちない。

 吹っ切れたからか、むしろ私には余裕が生まれていた。

 でも、理人はもう分かっているはずだ。

 今回の私にも記憶があること。

 昨日、私は彼を待たず先に登校したのに、それについて何も追及されなかった。

 だけど、バレているのならそれはそれで構わない。

 今回は、駆け引きも腹の探り合いもする気はない。

 聞かれたら正直に答えるつもりでいた。

 理人が何も言わないのなら、私が明日打ち明けよう。

「今日はお昼一緒に食べられる?」

 分かっているけれど、あえて問うた。

「うん、もちろん。いつも通り菜乃のとこ行くね」

 理人の返答は予想通りだ。

 私も笑い返して頷いた。

 風が吹く。一拍、沈黙が流れる。

「菜乃は……」

 ふと不安そうな声色で切り出す理人。

 どうしたのだろう。

 足を止め振り向けば、揺らぐ双眸に捕まる。

「僕が怖くないの?」

 驚いてしまう。

 今回の彼は意外なことにストレートだった。

 理人のことがまったく怖くない、と言えば確かに嘘になるけれど、今はそれほどに抵抗感がないのも事実だった。

「……怖いよ、ちょっとだけね」

 苦笑しつつ、正直に答える。

 理人は少し驚いたように瞠目した。

 “前回”のことを思えば、私の態度は予想外のものだろう。

「でも、それ以上に知りたいの。理人のこと、もっとちゃんと」

「僕のこと……?」

「うん、そう。長いこと一緒に過ごしてきたけど、まだ知らないことがいっぱいあるなぁって気付いて」