狂愛メランコリー




 部屋のカーテンを閉める。
 窓の外はとっぷりと夜に浸かっていた。

 今日は一度も、あの場所には近づかなかった。

 なるべく向坂くんのことを頭から追い出して、理人とのことに集中しようと思った。

 そうして、改めて気がついた────理人の優しさに。

『ついてるよ、ここ』

 一緒に昼食をとった昼休み、そう笑いながら彼はわたしの唇の端を拭ってくれた。

 靴を履き替えるときには、差し伸べた手を当たり前のように貸してくれる。
 道を歩くときには、必ず外側を歩いて歩調を合わせてくれる。

 挙げればきりがないほど、本当に優しかった。

 いつだってそうなのだけれど、その優しさはわたしが幼なじみだからだと思っていた。

 でも、その気持ちを知ってからは、それだけじゃないのだと自覚するのに十分すぎるほど甘くて、意識がまるごと傾いた。

(わたし、すごく理人に大事にされてた)

 自分が卑屈(ひくつ)になっていただけで、とっくに理人の“お姫さま”になっていたんだ。

 いままでずっと、無意識のうちに取りこぼしてきた“好き”の欠片を、ひとつひとつ丁寧に拾い上げたいと思った。

 たとえ応えられなくても、ちゃんと向き合いたい。



     ◇



 放課後まではあっという間だった。

 4月30日────つい、今日の日付を何度も確かめてしまう。
 いまのところはそれくらい平穏だ。

 理人と帰路について、いつもとちがう道を歩く。
 彼の家に近づいていく。

「誘っておいて何だけど、別に何もないからね?」

 少しだけ照れくさそうな理人に、小さく笑ってしまう。

「あるよ、理人の家にはいろんな思い出が。この道だって、既に懐かしいよ」

「それは確かにそうだね。菜乃とふたりで歩くのは久しぶりだな」

 そのうち、白いレンガ造りの小さな一軒家が見えてくる。

 洋風の造りと手入れの行き届いた庭がかわいらしくて、昔は「お城みたい」なんてはしゃいでいた。

 お洒落な鉄製の門を潜ると、ふと庭の花壇が目に入った。

 スイートピーはもう咲いていなかったけれど、別の花々が風に揺れている。