正直、一番気がかりなのは彼のことだ。
どうしてあんなふうに態度が急変してしまったのだろう。
わたしに残ったのは、理人との虚構の日々だけ。
彼に殺されるまでの秒読みは、既に始まっている。
(……嫌だな、もう。疲れちゃった)
────こんな世界なら、いらない。
ループに閉じ込められてから、初めて諦めたくなった。
向坂くんを失った上、理人の顔色を窺いながら、望まない関係を受け入れなくちゃならないのかな。
もし、それで生き延びてループから抜け出せたとしても、その先は辛く苦しいだけだ。
(そっか……)
いま、初めて自覚した。
わたしはただ死にたくないだけじゃなかった。
“変えたい”と強く思った。
残酷な結末と、それを取り巻くわたしたちの関係性。
決して交わらない理人の想いとわたしの想いを、押し殺さなくてもたどり着けるハッピーエンドを願っている。
(やっぱり、諦められない)
これまでで一番辛い3日間になったとしても。
これまで知らなかったことを知っているのだから、取れる選択肢の幅も広がったはずだ。
図らずもないがしろにしていた理人の気持ちに、まずは真剣に向き合ってみよう。
◇
余裕を持って支度を整え、朝食を済ませると門の前で理人を待った。
曲がり角から姿を現した彼は、既に準備を終えていたわたしを見るなり一瞬表情を硬くした。
「……菜乃」
記憶を有していた過去のわたしと重ねているにちがいない。
理人はいつを思い出しているのだろう。
「おはよう」
わたしは笑ってみせた。
抑え込むまでもなく、恐怖心は湧いてこない。
目を逸らさないと決めたのだ。理人から、そして現実から。
「……おはよう」
珍しく、彼の笑顔がぎこちない。
吹っ切れたからか、むしろわたしには余裕が生まれていた。
今回は、駆け引きも腹の探り合いもするつもりはない。
「今日はお昼一緒に食べられる?」
分かっているけれど、あえて尋ねた。
「うん、もちろん。いつも通り菜乃のとこ行くね」
予想通りの返答に笑い返して頷いた。
風がそよいで、一拍、沈黙が流れる。
「菜乃は……」
ふと、不安気な声色で切り出した理人が足を止める。
立ち止まって振り向くと、揺らぐ双眸に捕まる。
「僕が怖くないの?」



