────4月29日。

 アラームの時間通りに目を覚まし、はたと昨晩のことを思い出した。

 眠気など飛んでいき、心臓が重たい拍動を繰り返す。

(……向坂くん)

 さすがにもういないよね?

 起き上がった私は、そっとカーテンの隙間から外を覗いた。

「…………」

 家の前、電柱の陰、見回せる範囲に彼の姿はない。

 ほっと安堵の息をつく。ひとまず、よかった。

 強張っていた身体から力が抜けていく。

 朝の支度を済ませると、いつものように理人と登校した。

 その道中でも学校に着いてからも、向坂くんと遭遇することはなかった。



 昼休みになり、理人と昼食をとる。

 いつも彼は教室まで来てくれて、主が立って空いた私の前の席に座る。

「もしかしたら、幻だったのかも」

「ん?」

「向坂くんのこと」

 箸を止め、ぽつりと言った。

 昨晩見た向坂くんは、私の不安や夢のせいで現れた妄想だったのかもしれない。

 朝から何度も彼のことを考え、その結論に至った。
 一番、合点がいく。

「……ああ、そうかもね」

 そう呟いた理人の眼差しは、どこか冷たく見えた。

「理人……?」

「あ、ごめんごめん」

 思わず戸惑っていると、彼は苦く笑った。

「言ったでしょ、気にしなくて大丈夫だって。もう彼のことは考えなくていいよ」

 励ましてくれているというよりは、どこか圧を感じるような言い方だった。

 最初は確かに案じてくれていたのに。

 考えるな、と言われても、気にしないなんて無理だ。

 それでも、これ以上向坂くんの話を出来るような雰囲気でもなくなり、私は思わず席を立った。

「あ、えと……ちょっとお手洗い」

 突き放されたようでショックだった。

 私には理人しか頼れる人がいないのに……。



「…………」

 鏡の前でため息をつく。

 いつまでも気にしている方がおかしいのかな?
 気にし過ぎなのかな?

 昨日の向坂くんに気圧されて、少し過敏になっていたのかもしれない。

 もやもやとしながら、女子トイレを出る。

「!」

 教室へ戻る途中、廊下の先に彼を見つけた。

 人が行き交う中、じっと私を見据えた向坂くんが迫り来るように歩いてくる。