狂愛メランコリー




 夕食とお風呂を済ませて自室へ戻る。

 カーテンを閉めようと窓に寄ったとき、ふいに外で何かが動いた。

 家の前の道路に立つ電柱、その外灯が人影を浮かび上がらせている。

 ぞく、と背筋が冷えた。
 《《彼》》と目が合う────。

(こ、向坂くん……!?)

 どく、と跳ねた心臓が早鐘(はやがね)を打つ。

 ざらざらとした砂粒が肌を撫でているように全身があわ立った。

 どうして彼がここにいるの?
 まさか、ずっとあとをつけられていた?

「……っ」

 慌ててカーテンを閉めた。
 波のように押し寄せる不安と恐怖が、わたしから平静を奪う。

「理人……」

 ほとんど無意識のうちに、電話をかけていた。

『もしもし。どうかしたの?』

「あ、あの……。いま、向坂くんが家の外に……」

『え』

 玄関は施錠してあるはずだし、自室は2階だし、さすがに入り込んでくるようなことはないだろう。

 そう思うものの、何だか不安でたまらない。

『大丈夫? 何かされてない?』

「いまのところは大丈夫……。だけど、どうしよう。どうしたらいい?」

『さすがに度が過ぎてるね。でも、とりあえず無視するしかないかも。刺激しないように』

 たとえば警察に通報したりしても、実害がない以上、取り合ってはもらえないのだろう。

「けど、どうして急に────」

 昨日までは何の関わりもなかったはずなのに。

『……どうだろう。とにかく、菜乃。怖いかもしれないけど、気にしないでいよう。不安で眠れないなら朝まで僕と話そっか』

 理人はいまできうる最大限の気遣いをしてくれた。

 そう言ってくれただけで、不思議と背中に張りついていた不安感が剥がれていく。

「……ありがとう。大丈夫。理人と話したら安心した」

『そう? それならよかった。じゃあまた明日、迎えにいくね』

「うん、おやすみ」

 通話を終えたスマホを、ぎゅ、と握り締める。

 それでも、カーテンの向こうがまったく気にならなくなったと言えば嘘になる。

(まだ、そこにいるのかな……)