狂愛メランコリー


 その視線をたどって、“これ”が腕時計を指していることに気がつく。

 淡いピンク色のベルトで、文字盤にきらきらとしたストーンが埋め込まれた腕時計。

 いつかの誕生日に理人がくれたもので、高校に上がってからは毎日身につけるのが習慣になっていた。

 向坂くんはそれを見つめたまま硬い声で呟く。

「見たことある、気がする」

 そう珍しいデザインではないけれど、わたしを知らなかった彼に見覚えがあるというのは確かに妙な話だった。

「……そのときは確か、ガラスにヒビが入ってて。針が逆に回ってたんだよ」

「え……?」

「けど、そんなのいつ見たんだ? わけ分かんねぇ」

 いま左手首にある腕時計にヒビは入っていないし、針も普通に回っている。

 向坂くん自身が戸惑っている通り、わたしにもどういうことなのか分からない。

 ────だけど、その感覚はわたしも味わったことがある。

 駅前にできたというケーキ屋の話。
 きっと、同じだ。

「それ、記憶かも」

「……前のループの?」

「そう! だから……たぶん、この腕時計が記憶の鍵なんだと思う」

「マジかよ」

 わたしの中で憶測はもう確信に変わっていた。
 覚えていられたときはすべて、これを身につけていたから。

 向坂くんの既視感はきっと、殺される間際の記憶なのだろう。

「腕時計をつけたまま死ねば、忘れない……」

「…………」

 理人に対する唯一のささやかな抵抗だ。

 確かめるように呟いたとき、立ち上がった向坂くんが手すりにもたれかかる。

「で? 動機は何か分かってんの?」