狂愛メランコリー


「……菜乃?」

 困ったように眉を下げる理人。

(分かってるんだよ、もう。ぜんぶ演技なんでしょ……?)

 わたしが本当はすべて覚えているということを、確信できる材料が欲しいだけ。

「もう、疲れちゃった……」

 何てことないひとことでさえ、思惑があるのではないかと疑い続けて、精神をすり減らしながら接してきた。

 どうして、こんなふうになっちゃったの?

 昔を思い出すほど、理人との過去を(かえり)みるほど、悲しくてたまらなくなる。

「……教えてよ。どうして、わたしを殺すの?」

 どのみち、今日殺されるんだ。
 開き直ってしまえば、いまさら右往左往することもない。

「…………」

 理人の長い睫毛が揺れた。

 重たげな沈黙を経て、やがて自嘲するかのように息をつく。

「……なんだ。やっぱり覚えてたんだ」

 当然のことながら、彼にも記憶が残っていたようだ。
 それには驚かない。

「どうして? どこまで覚えてる?」

「…………」

 固く唇の端を結び、口をつぐんだまま見返す。

 それを聞きたいのはこちらの方だ。
 そして、理人にはなるべく情報を与えたくない。

 惑わされ、利用されて、いいように殺されるのはもうごめんだ。

「……菜乃はさ、今回もあいつのことが好きなんでしょ」

 想定外の言葉に、正直に反応してしまう。
 頬より先に耳が熱くなった。

 けれど、正確には“今回も”じゃない。

 向坂くんを好きになった“前々回”の3日間から現在まで、記憶が途切れなかったから想いも続いているわけだ。

 仮に忘れたとしても、きっと同じ気持ちを抱くのだろうけれど。

「────それが答えだよ」

 そう言った彼が踏み込んできて、とっさに“前々回”の記憶が蘇った。

 息が詰まったような錯覚を覚え、反射的にあとずさる。

「……っ」

 理人の冷たい微笑に追い込まれていく。

「菜乃がいけないんだよ……?」

 優しく責めるような声色だった。
 そのふたつの感情が両立するんだ、とぞくりとする。

 わたしを捉えて離さない眼差しは、狂ったように熱くて冷ややかだ。

「……だって、ありえないでしょ。僕以外を好きになるなんて」

「え……」

「そんなの、許さない」