狂愛メランコリー


「……ふーん」

 向坂くんは短く答え、再びブレザーをはたき出す。

「だからおまえ、友だちいねぇんだな」

 がん、とショックで鉛が落ちてきた気がした。

 何が“だから”に帰結したのかは分からないけれど、またしても向坂くんにそう言われるなんて。

「で、今日はどんな感じだ?」

 わたしの心情などお構いなしに彼は続けた。

「……あ、理人のこと? 何ていうか、ちょっと変だなぁって思う。いつもと様子がちがってて」

「どんなふうに?」

「何か、大人しいっていうか。でも“前回”の記憶があるのは間違いないよ。それより前のことは分からないけど」

 昨日の帰り道、それだけは確信した。

 あの聞き方といい、鎌をかけてきたことといい、わたしを探っていたのは間違いない。

「なるほどな。早いとこ、記憶の法則掴みてぇとこだな」

 向坂くんの言う通りだ。

 記憶の残る人と失う人のちがいは何だろう。
 理人はどこまで覚えているんだろう。

 分からないことだらけだ。

(でも、たぶん……)

 いまはまだ、理人もそれを掴めていない。
 だから、いつもわたしの記憶を警戒しているんだ。

 時間の問題かもしれないけれど、理人よりも先に答えにたどり着きたい。



     ◇



 昼休みも放課後もなるべく理人の気に障らないような態度を心がけて、昨日はことさら慎重に接した。

 そして迎えた4月30日。
 今日、理人はどんな出方をするだろう。

 それを確かめれば、もしかしたら彼の殺意のスイッチを入れるきっかけというものを見極められるかもしれない。

「おはよ」

「おはよう、菜乃」

 門を出ると、彼の隣に並んでいつも通りの道を歩く。

 既に何もかもが危険だ。
 今日という日に突入したいま、時間帯に関係なく、もう常に安全ではなくなった。

「…………」

 そっと理人の横顔を窺い見る。

(理人にとってのわたしって、何なんだろう……?)