狂愛メランコリー


 彼女はローファーのつま先で思い切り地面を蹴った。
 土埃が舞い、ばしゃ、とまともにかかる。

 とっさに庇うように腕で覆ったけれど、あちこちにざらざらした黒い粒が飛んだ。

「……っ」

 歯を食いしばって両手を握り締めた。

 自分が悲しいのか、悔しいのか、怒っているのか分からない。

 とにかく(たかぶ)った感情が、きゅっと喉を締めつけてきて、視界がゆらりと揺れる。

「あれー? 泣いちゃう?」

「いいね、惨めで。超お似合いだよー」

 彼女たちの笑い声が、きんきんと耳鳴りのように反響した。

『……頑張ってるよ、おまえは』

 その合間で思い出す。

『うまくやるんだろ? だったら、俺も遠慮しない』

 勇気と自信を、少しだけ────。

「……して」

 気がつくと、唇の隙間から言葉がこぼれていた。

「は? 何て?」

「いい加減にして」

 顔を上げ、決然と告げたわたしによほど驚いたのか、彼女たちが怯んだのが分かった。

 この場にいる誰よりも自分が一番びっくりしていたけれど、押し潰された心から、勢いづいた言葉が飛び出していく。

「理人が好きなら、正々堂々そう言ったらいいじゃん……! わたしに八つ当たりしてないで、その労力を別のことに使いなよ!」

 しん、と水を打ったような静寂が落ちる。

 ばくばくと早鐘(はやがね)を打つ心臓が何だか熱い。
 全力で走った直後みたいに苦しくて、肩で息をしていた。

 それでも、もう怖くなんてなかった。
 こんなの、死ぬことに比べたら全然なんてことない。

「何よ! 偉そうに────」

 彼女がてのひらを振り上げた。
 反射的に身を強張らせ、目を瞑る。

「……おい、もう黙れよ。うるせぇな」

 はっとした。
 目を開けて声のした方を見ると、渡り廊下に向坂くんが立っていた。

 両手をポケットに突っ込み、苛立ったように険しい表情で歩んでくる。

「目障りだし耳障りなんだよ。さっさと消えろ」

 威圧するように凄まれ、青ざめた彼女たちは逃げるように退散していった。