狂愛メランコリー




 放課後、昇降口で靴を履き替えていると、どこからか視線を感じた。

「あ……」

 その姿を認めたとき、思わず声がこぼれる。

 向坂くんだ。
 何か言いたげな表情で、強い視線を向けられる。

「また、あいつ」

 気がついた理人は眉をひそめた。

 わたしも正直、不審でたまらない。
 もしかして、わたしがひとりになるタイミングを窺っているんじゃないだろうか。

(怖い……)

 何がしたいんだろう。
 どうしてわたしに関わってくるんだろう。

 得体の知れない恐ろしさのようなものを感じて萎縮(いしゅく)してしまう。

「大丈夫だよ、菜乃。何かあったら僕が守る。あいつのことは無視してればいいよ」

 ふわりと理人が頭を撫でてくれる。

 幼い頃から変わらないこの温もりは、今朝よりもずっとあたたかくて安心した。

「ありがとう」

 ────彼と歩くいつもの帰り道、何となく気になって後ろを何度も振り返ってしまった。

 少しだけ息苦しくなって、無意識のうちに首に手を添えていた。
 今朝見た夢が一瞬、フラッシュバックする。

「……の、菜乃」

 顔の前で手を振られ、はっと我に返った。

「ぼーっとしてどうしたの?」

「……ごめん、何でもない」

 苦笑を浮かべつつ首を横に振る。

 いつの間にか家の前にいることに気がついた。

 理人との会話も上の空になるほど、わたしは何を気にしているんだろう。

 いつもみたいに彼の言う通りにすればいいのに、いまは向坂くんのことを、彼のようには流せない。
 きっと、あの夢のせい。

「寝不足ならしっかり休みなよ。あ、それとも何か不安とか悩みがあるなら相談してね。僕がついてるから」

 優しい笑顔が心に染みた。
 まるで魔法みたいに浸透していく。

「そうだね……。ありがとう。理人がいてくれてよかった」

「うん、いつでも頼って。菜乃には僕しかいないんだから」

 また明日、と手を振って別れると、その後ろ姿を見つめる。

 理人は優しい。
 いつでも、どんなときでも、わたしを優先してくれる。