狂愛メランコリー

     ◇



 4月29日。
 教室の前の廊下へ来ると、足を止めた理人がわたしを振り返る。

「じゃあ、またあとでね」

 ぽん、と頭に手が置かれた。

 温もりを感じる間もないまま離れ、すぐに背を向けられる。

(なに……?)

 昨日はむしろ近すぎるくらいだったのに、今日は何だか遠く感じる。

 突き放されているわけではないけれど、線を引かれているみたいだ。

(まさか、何かに気づかれた……?)

 困惑を拭えず立ち尽くしていると、ふと数人の足音が近づいてきた。

「ねぇ、ちょっと来て」

 いつの間にか、一様に不服そうな表情を浮かべる女の子たちに囲まれていた。

 冷たい声色や(さげす)むような眼差しに晒され、萎縮(いしゅく)してしまう。
 促されるまま、わたしはついて歩いた。

「三澄くんに見られなかった?」

「大丈夫だって」

 誰かのささやく声が耳に届く。

 予感がないわけではなかった。

 彼女たちは理人のことが好きなんだ。
 そういえば、昨日の朝も彼のところにいたかもしれない。

 こんなことは、初めてじゃない。



 旧校舎の方へ続く渡り廊下を抜け、ひとけのない裏庭で足を止めた。

 リーダー格の子が、腕を組んで高圧的にこちらを見下ろす。

「あんたさ、何なの? 昨日といい今日といい、三澄くんとベタベタして。あたしたちに見せつけてんの?」

 こんなふうに目をつけられ、面と向かって(そし)られることは何度もあった。

 気の弱いわたしは無視も反論もできず、ただ彼女たちの気が済むまで罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びるしかなかった。
 黙って嵐が過ぎるのを待つしかなかった。

「彼女気取りかよ。身のほどわきまえろっつーの」

「マジでムカつくんだけど。わざわざあたしたちの前で、ってのが」

「本当、性格悪いぶりっ子だよねー」

 意地悪な笑い声がこだまする。

 なるべく、頭の中と心を空っぽにしようとした。

 そうしなければ、悪意にまみれた言葉の数々に飲まれてしまう。
 侵食されて、潰れてしまう。

「三澄くんも三澄くんだよね。何でこんな奴なんか……」

「騙されてんだって、可哀想に」

 そう言った彼女の手が伸びてきた。
 避ける間もなく突き飛ばされ、冷たい地面に倒れ込んでしまう。

「だからさ、うちらが目を覚まさせてあげないとじゃん。こいつは所詮、薄汚い“灰かぶり姫”なんだって」