「わたし、理人のこと好きだったんだなぁ」
しみじみと、思わず呟く。
「そうなのか?」
「うん……。でも、恋とはちがう。それだけははっきり分かる」
理人を慕っていた。彼の隣にいたかった。
でも、いま以上の“特別”を望んだことは一度もない。
「……ふーん。見かけより複雑な関係なんだな」
「そんなことないよ。幼なじみってだけ」
ゆるりと首を振って苦く笑う。
幼なじみってだけなのに、いつしかこじれてしまった。
「好きだった、か」
ぽつりと向坂くんが呟いた。
「……いまは、怖い」
彼に殺され続けるという現実も、わたしを殺す彼の表情も。
理人はどうして変わってしまったのだろう。
いったい、いつから変わっちゃったんだろう……?
放課後、鞄を肩にB組の教室を覗くと、すぐさま気づいた理人が歩み寄ってくる。
「……菜乃」
どこかほっとしているように見えた。
わたしは緩やかに微笑み返す。
過去を思い返したからか、いくらか理人への抵抗感が和らいでいた。
ふたり並んで帰路につくと、柔らかい風が頬を撫でる。
「スイートピー、今年は終わっちゃったかな」
わたしはそっと言った。
「え?」
「今日、思い出してたんだ。理人とのこと、色々」
「ああ……」
何気なく彼を見上げる。
どうやら、余裕がなさそうだ。
今回の理人はやはりどこかおかしい。
(……何かに、焦ってる?)
ややあって、彼が首を傾げる。
「何を思い出してたの?」
「えっと……初めて話したときのこととか、中学のときのこととか。昔のことだよ」
そう答えると、彼の表情の強張りがほどけていく。
「懐かしいな。……あのときの僕は空っぽだった」
自身のてのひらを見下ろし、そっと握り締める。
「寂しくて、何もかも手放したくなかった。触れるものぜんぶを繋ぎ止めておきたかった。……なのに、握るほど指の隙間からこぼれ落ちていった」
そう言うと、ふいに理人がわたしの手を取った。
「でもね、菜乃が隙間を埋めてくれた。菜乃がいてくれたから、いまの僕があるんだ」
ふんわりと色づいた花が開くように、彼は緩やかに微笑む。
「ありがとう、菜乃」
儚げな幼い横顔と、あの秋の日の温もりと、甘いスイートピーの香り。
頭の中でちらつき、混ざり合う。
割れた鏡の欠片が、ちぐはぐに光を反射し合うように。
「……ううん。わたしこそ」
両手で包み込むように握られた自分の手を見た。
いま、隙間を埋めてくれているのは、間違いなく理人の方だ。



