狂愛メランコリー


 ────いまは、とてもそんなふうには思えないけれど。

 理人だけいればいい、なんて。
 そんな彼に殺されるのに。

「ますます分かんねぇな。あいつがおまえを殺す理由」

「うん……」

 彼の真意が分からなくて、うつむいてしまう。

「……三澄って、昔からあんななんだな」

 淡々と言う向坂くんに頷く。

 あんなふうに、優しくて大人びていて紳士的で、わたしじゃない誰かに向ける微笑みは、壁を画するようにどこか冷たい。

 ────そのわけを、わたしは知っている。

 スイートピーを眺めていたときの、あの表情の意味も。



「……実はね。僕、ひとりぼっちなんだ」

 中学2年のある秋の日、帰り道で彼は唐突に言った。

「え?」

 どこが、ととっさに思った。
 いつもあんなにたくさんの人の輪の中心にいるのに。

「…………」

 理人はふと視線を落とした。

 そのときの姿が、初めて出会った日の彼と重なる。
 儚げで、寂しそうで、綺麗な横顔。

「……親がいないんだ」

 すぐには受け止めきれなかった。
 昔、彼の家へ遊びに行ったときは確かに大人の人がいたし、その言葉の重みも全然、現実感がなくて。

「僕の父さんは事故で、母さんは病気で亡くなってる。小学生になるより前の話」

 決して明るい話ではないのに、理人は微笑んでいた。
 悲しみが蘇らないように抑え込んでいるみたい。

「いまは伯母さんとふたりで暮らしてる」

「そう、だったの……」

 ふさわしい言葉を見つけられず、相槌を打つと沈黙が落ちる。

 ────想像が及ぶ。

 幼いながらに彼が大人びていたこと。
 いつでも微笑みを絶やさなかったこと。

 一番身近だった両親というよりどころを失って、伯母や周囲の人たちに見放されたくなかったんだ。

 嫌われたくなかったんだ。幻滅(げんめつ)されたくなかったんだ。
 生きていくために、彼は“完璧”になったんだ。

 ぎゅう、と心臓を鷲掴みされているかのように苦しくなった。