狂愛メランコリー


 無愛想に言うと、返事を待たずしてわたしの手首を掴んだ。

「え? ちょっと」

 強引に引っ張られて立ち上がった。

 半ばつんのめりそうになりながら、必死で彼のあとをついていく。

 渡り廊下へ出たところで、ようやく足を止めてくれた。

「おまえ、どういうつもりだよ」

「何、が?」

三澄(みすみ)のこと」

「理人の……?」

 わけが分からなくて首を傾げてしまう。
 何も思い当たることがない。

「理人がどうしたの?」

「は? なに寝ぼけてんだよ。おまえが言ったんだろ、“助けて”って」

 思わず訝しむように眉を寄せる。

「わたしが? ……向坂くんに?」

「ああ」

 そんなはずない。
 彼とは今日が、今朝が初対面なのだから。

 そもそも、理人のことで何の助けを求めるというのだろう。

「わたし……向坂くんと話したの、いまが初めてだよ」

「なに言って────」

 今度は彼の方が戸惑いをあらわにした。
 はたと動きを止め、険しい顔になる。

「……待て。今日、何日だ?」

 質問の意図が分からなかったものの、わたしはスマホのロック画面で日付を確かめた。

「4月28日、だけど……」

 それが何だと言うのだろう。
 困惑していると、向坂くんがはっと息をのむ。

「ってことは、やっぱおまえ────」

「菜乃!」

 ふいに呼ばれて振り返ると、渡り廊下の先に理人が立っていた。

 向坂くんを認め、警戒するような表情でこちらへ歩み寄ってくる。

「……向坂くん。菜乃にちょっかい出すのやめてくれないかな」

 理人はわたしの手を引き、背に隠すようにして立った。

「は? 俺は別に……」

「そう? じゃあ、いま続き話したら?」

 そう言われた向坂くんは、もどかしそうに口をつぐむ。

 理人は“勝ち”を確信したのか、いつもの微笑を浮かべてわたしに向き直った。

「行こう、菜乃」

「え……、あ」

 優しく手を引かれ、自ずとわたしの足もきびすを返す。

「……花宮。気をつけろよ」

 そんな静かな声に振り向くも、既に彼も背を向けていた。

「……?」

 戸惑いが膨らんでいく。
 妙な胸騒ぎが植えつけられ、じわじわと根を張っていく。

「菜乃、気にしないで。聞く耳持っちゃだめだ」

「……うん」