狂愛メランコリー


 ……怖い。
 這うような恐怖が肌を撫で、芯から強張ってしまう。

 理人が浮かべる笑みも声色も、ひどく冷淡に感じられる。

「え、と、ちがくて……」

「何がちがうの? 僕に隠しごとしてたこと? こそこそあいつと会ってたこと?」

 見透かされていた。
 向坂くんとの会話も聞かれてしまったかもしれない。

「理人……」

「もういいよ、何も言わなくて。こんなの、僕の知ってる菜乃じゃない」

 彼の顔から表情が消えた。

 端正(たんせい)な顔立ちに、普段の理人らしい優しい面影は微塵(みじん)もない。

「終わらせようか、この世界も」

 そう言った彼がもたげた手には、金属製のパイプがあった。

 備品倉庫か、物置きと化している1階の階段横から持ち出したのだろう。

 それを引きずりながら、一歩、二歩と歩み寄ってくる。

「ま、待って……。ちょっと待って、ちゃんと話そうよ!」

 ちがう。“前回”とまったくちがう。
 こんな展開、知らない。

 逃れるように慎重にあとずさるも、とん、と背中に壁が当たる。
 すぐに追い詰められてしまった。

「り、理人……聞いて」

「うるさい」

 驚いて、思考も動きも止まってしまった。

 彼のこんなに冷たくて低い声は初めて聞いた。

 怒っているような、失望したような、いずれにしても吐き捨てるかのごとく両断される。

「おまえなんか菜乃じゃない。偽ものだ」

 ふいに鉄パイプを構えた理人が踏み込んだ。
 思いきり振り上げられ、目の前に迫ってくる。

「……っ」

 反射的に身を縮めた。

 先端がわたしの頭上を掠め、背後にある壁にぶつかった。

 そこに取りつけられた全身鏡が、ガシャン! と、けたたましい音を立てて叩き割られる。

 恐る恐る目を開けた。

 きらめく破片の舞う様子が、まるでスローモーションのように見えた。
 宝石の欠片が散っているみたいだ。

「理人……」

 心臓がばくばくと激しく拍動する中、彼の瞳を見た。

 わたしが映っているはずなのに、どこか遠くを見据えているような、空っぽの眼差しをしている。

 そのとき、上から慌てたような足音が響いてきた。
 靴底と段差の滑り止めが擦れる音がする。

「花宮!」