「今日は少し早くに目が覚めたんだ。だから、ちょうどよかった」

 彼を避けるために嘘のメッセージを送ったのに、墓穴を掘ってしまったのだろうか。

 ……いや、そうではない。
 絶対、わざとだ。

 朝から私を監視するために、多少無理をしてでも時間を合わせて。

 それ以前の“確認”かもしれない。

 私が嘘をついていないかどうか。

 理人を出し抜いて向坂くんに会いに行ったりしないかどうか。

「……そうなんだ。それなら一緒に行けるね」

 ほっとしたような笑顔を作って見せる。

 青ざめて震えた本心を隠すように。

 理人は穏やかに笑んで頷いた。

「昼も一緒に食べられるよ。今日は邪魔が入ることもない。帰りは寄り道出来るし、楽しみだな」

 目眩がした。

 理人の無邪気な横顔が、私の心に暗い影を落とす。

 勘違いじゃなかった。彼は本当に私を縛り付けていたいのだ。

 片時も手放さず、自分の手元に閉じ込めておきたいのだ。

 あるいは────気付かれてしまったのかもしれない。

 私にも“前回”の記憶がある、ということに。



 理人は本当に、一瞬の隙も与えてくれなかった。

 休み時間も必ず私のもとへ来て、時間ぎりぎりに戻っていく。

 向坂くんとコンタクトが取れないまま、とうとう昼休みになってしまった。

 機嫌のよさそうな理人は、柔らかく微笑みながら私の前の席に腰を下ろす。

 ……こんなの、嫌でも悟る。
 確信した。

 やはり、私の記憶に気が付いたに違いない。

「何か、嬉しそうだね」

 思わず声をかけると、彼は顔を上げる。

 とろけるほど甘く笑った。

「今日は上手くいってるから。僕の大事なものが奪われることなく……ね」

 不意にその顔に浮かんだ鋭い色を、私は見逃さなかった。

 私を試しているの?

 その言葉の意味を理解したら、私は殺されるの?

 ────理人も理人で、随分と大胆なものだ。

 そんなことを言って、私が開き直って踏み込んだら、どうするつもりなのだろう。

 素直に聞いたら教えてくれるのかな?

 隠していることや私を殺す理由も、ぜんぶ。