狂愛メランコリー


「だ、大丈夫?」

「うん、平気。菜乃こそ大丈夫? 怖かったよね」

 襟を整えた理人はいつも通りの笑顔をたたえ、そっとわたしの頭を撫でる。

「わたしは全然……」

 その温もりにほっとする傍ら、周りを取り囲んでいた女の子たちの眼差しが瞬間的に冷えた。

 気づかないふりをして、理人以外のすべてを意識の外へ追い出す。

「あの、向坂くんっていうのは?」

「僕と同じクラスの向坂(じん)くんだよ」

 下の名前まで聞けば、何となく覚えがあるような気がした。
 不良の問題児としてよく名前が上がるからだ。

 そんな彼が、どうしてわたしのことを知っているのだろう。

「何だったんだろう、さっきの……」

「あまり気にしなくていいんじゃない? ほら、行こうか」

 緩やかに流されて、気づいたら頷いていた。

 理人の言葉には、この世界にある不透明な何もかもを遠ざける、不思議な力があるような気がする。



 1限目の授業が始まると、窓の外を眺めつつぼんやりとした。

 意識が宙に浮かび上がって、ふと今朝見た夢を思い出す。

(嫌な……怖い夢だったな)

 あまり覚えていないけれど、漠然(ばくぜん)とそんな印象が残っている。

 目を閉じると、断片的な欠片が不鮮明ながら蘇ってきた。

(苦しかった……)

 思わず首に手を添えてうつむく。

 ────誰かに、首を絞められて殺された。

 そんな悪夢だった。

 あれは誰だったんだろう。
 黒い(もや)がかかっているようで、相手の顔がはっきりと見えない。

(でも、何かすごくリアルだった)

 息ができずに、だんだんと意識が遠のいていく感覚。
 死に晒される恐怖。

 まるで実際に味わったかのような苦痛だった。

 できればもう、あんな夢は見たくない。



 昼休みになると、廊下や教室が一気に騒がしくなる。

 鞄から取り出した弁当を机の上に置いたとき、ばん! と誰かの手が天板(てんばん)を叩いた。

 びくりと肩を跳ねさせながら見上げると、そこには向坂くんがいた。

「向坂くん……?」

「なあ、ちょっと話あんだけど」