狂愛メランコリー


 ────周囲の人や出来事すべてが夢と、いや、わたしの“前回”の記憶と同じように回っていく中で、ちがうことをする人がいた。

 ひとりはわたし。それは、戸惑いと混乱に振り回されてのことだった。

 その延長で、結果的に向坂くんとの出会いや彼の行動も変わった。

 もうひとりは理人だ。
 彼だけはわたしに関係なく、自分の意思で“前回”とちがう行動をあえて取っている。

(覚えてるんだ)

 わたしを殺したことも、それに至るまでの経緯(いきさつ)も。
 理人の目的は、いったい何なのだろう。

(どこにも行くな、って言われたけど……)

 箸と弁当箱を置くと、そっと立ち上がった。
 理人が戻ってくる前に、向坂くんに会いにいかなきゃ。



「花宮」

 屋上へと続く最後の踊り場へ踏み込んだ瞬間、上から向坂くんの声が降ってきた。

 傍らには空になったパンの袋がある。

「ごめん、遅くなっちゃった」

「別にいいって」

 ぶっきらぼうに言う彼に促され、わたしも段差に腰を下ろした。

「で、どう? 何か分かったか?」

「えっと……。たぶん、っていうか絶対、理人は知ってる。わたしが死んだら時間が戻ること」

 殺される間際の彼の台詞からしても、それは間違いないはずだ。

「なるほどな。おまえみたいに記憶もあんの?」

「分かんない。でも、少なくとも“前回”のことは覚えてると思う。理人だけがちがうことをするの」

 まるで、同じ結末になることを避けるように。

「少なくとも、って……。これが初めてじゃねぇってことか?」

「え」

「三澄に殺されたこと」

 そんな言い方をしたのは、完全に無意識だった。
 でも、言われてみればありえないことでもない。

「そうかも……」

 わたしは“前回”以前にも、理人に殺されたことがあるのかもしれない。

 今回の向坂くんみたいに、記憶を失っただけで。