狂愛メランコリー


 ふいに理人が踏み込んだと思ったら、次の瞬間には腕を掴まれていた。

「え?」

 そのまま強く押され、背にレンガ塀が当たった。

 まともに打ちつけた背中と腕が鈍く痛む。
 どさ、と鞄が地面に落ちた。

「理人……?」

 戸惑ったように彼を見上げれば、理人も縋るような眼差しを返して呟く。

「何で……」

 ぎりぎりと腕が締め上げられ、彼の爪が食い込む。

「い、痛い……!」

 (よじ)って抜け出そうとしても、まったく敵わなかった。
 彼のどこにこんな力があったのかと驚いてしまう。

「やめ、て。離して、理人……っ」

 塀と擦れた手の甲がひりひりする。
 腕の骨が割れてしまいそうなくらい痛くて、目の前がちかちか明滅(めいめつ)した。

 ただ押さえつけられているだけなのに、まるで(はりつけ)にでもされたかのように身動きが取れない。

 じわ、と涙が滲んだ。
 痛みだけじゃなく、動揺のせい。

 よく知っているはずの理人が、別人のようで怖くなった。

「ごめんね、菜乃」

 彼も彼で苦しそうに眉を寄せていたものの、やがてその表情が緩んだ。

「やり直そう、もう一回」

 理人はそう言うと、掴んでいた腕を離した。
 感覚が一向に戻らない。

 ふ、と目の前が(かげ)って、顔をもたげる。

「りひと……?」

「また、すぐに会えるから」

 そう言った彼が何かを振り上げたのが分かった。

 それが何なのかを理解する間もなく、避けることもできないうちに、勢いよく振り下ろされる。

「……っ」

 頭に強い衝撃が訪れた瞬間、目の前が真っ暗になった。



     ◇



 絶叫とも言える悲鳴が部屋に響き渡った。

 数秒後にそれが、自分から発せられたものだと気がつく。
 喉がからからに渇ききっていた。

 心臓が早鐘(はやがね)を打つ。
 冷や汗が滲み、寒気がする。

(わたし……)

 小刻みに震える両手を見下ろす。

「生きてる……?」