理人は少し硬い表情で尋ねる。
既にあらゆることを悟っているようで、それでも拒んでいるような。
「理人。今日、一緒に帰ろう」
「え? うん、もちろん」
騒がしい心臓の音を落ち着けようと、そっと息をつく。
(────言おう)
理人に、この気持ちを正直に打ち明けてみよう。
わたしの“変わりたい”って覚悟も伝えよう。
きっとそれが、彼の優しさやわたしを大事に思ってくれる気持ちに応えることになる。
理人なら分かってくれるはずだ。
わたしの一番そばに、ずっといてくれた理人なら。
◆
終焉が近づいてくる音がする。
隣を歩きながら、菜乃の横顔を見つめた。
桜みたいにほんのりと色づいた頬が、伏せた睫毛の落とす影が、嬉しそうに笑む唇が、僕の心を焼いていく。
「……どう? “お友だち”とは」
微笑を貼りつけて尋ねてみる。
「えっ! あ……うん。昨日より仲よくなれた、かな」
どこか照れくさそうに首を傾げる菜乃。
一緒にいるのに、話しているのに、その瞳に映っているのは僕じゃない。
「…………」
────焦げていく。焦がれていく。
黒い靄が頭や心の中に広がるにつれ、焦燥感をかき立てられる。
「あ、あのね。理人」
「ん?」
鈍感なふりをして、足を止めた彼女を振り返る。
「わたし、理人には感謝してるんだ。いままでずっと、だめなわたしを支えてくれて」
思わぬ話の切り出し方に困惑していると、菜乃はいつになく凜とした表情で顔を上げた。
「でも、これからは……自分でできることは自分でやろうと思う。だから、朝もお昼も帰りも、もうわたしに合わせてくれなくて大丈夫だよ」
「…………」
突き放されたのだろうか。あるいは、拒絶?
いずれにしても、彼女の言葉に大きな衝撃を受けてしまう。
しばらく思考が止まり、言葉を失っていた。
「……そう」
やっと発せられたのはそのひとことだけだった。
受け入れたわけじゃないのに、理由を聞きたいのに、何から口にすればいいのか分からない。
菜乃にはもう、僕は必要ない────。
そういう意味なのだろうか。
焦燥が、心と肌を逆撫でする。
「それと、ね」



