正直なところ、できれば向坂くんに会いにいきたい。
(そうしてもいい、よね? わたしがいなくても、理人がひとりになることなんてないし)
彼なら分かってくれるはずだ。
なんと言っても、わたしの一番の理解者なのだから。
「ごめん、理人。今日もほかのクラスの子と食べてもいい?」
窺うように見上げると、彼はどこかショックを受けたようだった。
ちく、と胸が痛んだけれど、自分の感情を優先してしまう。
「……そっか。分かったよ、残念だけど」
「ほ、本当にごめんね」
「謝ることないよ。菜乃に友だちができたのは僕も嬉しいし」
理人は優しく微笑んでくれる。
やっぱり、理人ならそう言ってくれると思っていた。
だけど、何となくその声には感情が乗っていないような、そんな気がした。
4限終わりのチャイムが鳴る。
ランチバッグを持って席を立つと、階段を上っていく。
「よ、今日も来たんだな」
わたしは「うん」と頷き、段差に腰を下ろす。
この場所は何だか秘密基地みたいだ。
「向坂くん、いつも早いね」
「サボってるからな。ここが一番いいんだよ」
人が来ないから、だろうか。
もしそういう理由なら、わたしは邪魔だったりしないかな。
「おまえも気に入ったならサボりに来れば?」
ふとよぎった心配を察したのか、先んじてそう言ってくれた。
「いいの?」
「別に俺の許可なんかいらねぇよ。おまえの勝手だろ」
ぶっきらぼうながら優しい言葉だった。
────少しずつ、向坂くんのことが分かってきた。
彼は一見、無愛想で無神経そうなのだけれど、実は人のことをよく見ているし、その機微にも敏感だ。
そして案外、素直なところもある。
「なに?」
思わずじっと見つめてしまうと、不思議そうに見返してきた。
「……優しいよね、向坂くんって」
「は? 俺が?」
「うん、本当に」
「なわけあるかよ。三澄の方が優しいんじゃねぇの」
頭の中に理人の微笑む姿が浮かんだ。
慈しむような眼差しと、頭を撫でてくれるあたたかい温もりを思い出す。
「確かに理人も優しいけど……ちょっとちがう。何て言うか、向坂くんはわたしに前を向かせてくれるの」



