アラームを止める。

 時間通りに起きられた、と思ったのに、よく見たらスヌーズだった。さっと青ざめる。

「やば……!」

 早く起きてゆっくり準備しようと思っていたのに、これではそんな余裕もない。

 急いで着替えを済ませ、朝食をとる間もないまま家を出た。



「あ、菜乃」

 ちょうど理人が門の前から顔を覗かせたところだった。

 慌てて駆け寄り、息を整える。

 ばたばたしていたせいで、何だか暑く感じた。

「お、おはよ」

「おはよう。もしかして、寝坊したの?」

 理人が苦笑しながら、からかうように首を傾げる。

「そうなの……。夜、何だか眠れなくて」

 思わず恥じらい、笑って誤魔化した。

 向坂くんのことを考えていたせいだ。とても理人には言えないけれど。

「どうして? 何か悩み事?」

「ううん、そういうわけじゃないよ。大丈夫」

 そう答え、彼と並んで歩き出す。

 心なしか今日は、いつもより陽射しがあたたかい。

 優しい春のにおいが風に乗って運ばれてくる。

 そのせいか、……ほかの理由も相俟ってか、不思議と足取りが軽やかになった。

 今日もあの階段へ行ったら、向坂くんに会えるかな?

 今度はもっと、彼の話を聞いてみたい。

「……何かご機嫌だね? いいことあった?」

「えっ? そ、そうかな」

 思わず頬に手を当てる。かぁ、と熱を帯びたのだ。

 心当たりは一つしかない。

 核心めいたことを言われたわけでもないのに、なぜだか勝手に心音が加速する。

 理人には、芽生え始めたこの気持ちをすぐに見抜かれてしまいそうだ。

「……菜乃、今日は一緒に昼食べるよね?」

 確かめるように問われる。

「え、っと」

 つい言い淀んでしまう。

 正直なところ、出来れば向坂くんに会いに行きたい。

 ……そうしてもいいのかな。

(大丈夫だよね? 私がいなくても、理人が独りになることなんてないし)

 彼なら分かってくれるはずだ。

 何と言っても、私の一番の理解者なのだから。

「ごめん、理人。今日も他のクラスの子と食べてもいい?」

 窺うように彼を見上げた。

 どこかショックを受けたような、悲しい表情の理人と目が合う。

 ちく、と胸が痛んだが、私は今の言葉を撤回出来なかった。

 自分の感情を優先した。

「……そっか。分かったよ、残念だけど」

「ほ、本当にごめんね」

「謝ることないよ。菜乃に友だちが出来たのは僕も嬉しいし」