狂愛メランコリー


「あのとき、地面に落ちてたナイフを救急隊の人が拾ったみたいで……。それが仁くんの持ちものだって分かったけど、俺は正当防衛が認められるか微妙な線だって」

 確かにどうなるのだろう。
 先行きの不安は拭えないけれど、ふたりがすぐに逮捕されるような展開にならなくて、ひとまずよかった。

「そっか、面倒かけたな」

「ううん……。俺の方こそ」

「相原、だっけ。……俺が言うのも何だけど、おまえがいてくれてよかった」

 それは、わたしにとって、という意味なのだろうか。

 蒼くんはますます困惑したように眉根を寄せ、尋ねるような視線をこちらに寄越した。

「あ……。あの、向坂くん。ちょっとだけ蒼くんと話してきてもいいかな?」

「ああ。つか、別に断る必要ねぇだろ。好きに話せよ」

 いつもの向坂くんの態度にほっとして、つい小さく笑んだ。

 倒してしまった椅子を戻しつつ、蒼くんを伴って病室を出た。



「ねぇ、どういうこと? どうしちゃったの?」

 廊下に出るなり眉をひそめる蒼くんに、なるべく平静を保つよう心がけながら答える。

「────わたしね、今日死ぬんだ」

 当たり前だけれど、彼はさらなる戸惑いを見せた。

 橋の上で向坂くんがしてくれたのと同じ説明を、そのまま蒼くんに繰り返す。

 そうすると、衝撃的な出来事の連続で霞んでいた死の気配が、徐々に濃くなっていく気がした。

 漠然と遠ざかっていたのに、避けようのない結末が嫌でも浮き彫りになる。

 すっかり舞い上がって忘れかけていた。
 これは、かりそめの平穏に過ぎないのだった。

「嘘だ……」

 色をなくした蒼くんが、拒むように呟く。

「だったら、よかったんだけど……」

 わたしは力なく微笑んだ。

「でも、本当なの。朝言ったように、次がないのも本当。どっちにしても今日が最後」

 彼は愕然としていた。

 今日死んだらもう戻れない。
 だけど、今日も必ず死ぬ。

 “また明日”という蒼くんとの約束は、守れそうになかった。

「待ってよ……。まだ俺、何も────」

 そのときだった。
 彼の声をかき消すように、病室の中からけたたましいアラーム音が響いてきた。

 バイタルの異常を知らせる、焦燥をかき立てるような警告音。

「向坂くん……!?」