狂愛メランコリー


 ────学校を出て歩いていくと、広い川にさしかかった。

 いつもは通らない道を遠回りをして、ただ時間に身を委ねている。

 明日を望んでいるのに、今日が終わるのが惜しくて。

 おさまらない不調のせいで自ずと足が遅くなる。
 それでも彼は、()かしたり苛立ったりすることなく、当然のように合わせてくれていた。

(ほら……やっぱり優しい)

 ここにいるのは紛れもなく、わたしの好きになった向坂くんだ。

 そう意識した途端、胸が締めつけられた。

「……っ」

 橋の上で足が止まる。
 ぽろ、と膨らんだ涙がこぼれ落ちる。

 わたしの震える呼吸に気がつき、彼が窺うようにこちらを見た。

「……身体、そんなに辛ぇのか?」

「ううん……」

 彼を見上げ、揺れる視界におさめる。

「嬉しいの。いま、すごく……。向坂くんが、向坂くんで」

 ふと、その目に戸惑いの色が浮かんだ。

「俺────」

 ここに来て、その態度に迷いが見えた。
 紡ぎかけた言葉の先が続かない。

 惑うような沈黙が落ちると、そのうちに涙が止まって息苦しさが抜けていく。

 夕日が街を溶かし、川の水面にきらきらと光の粒が散っていた。

「向坂くん。……わたしね、もう次はないんだ」

 思ったよりも落ち着いて言えた。
 彼が息をのむ気配があった。

「分かってるの。ループを終わらせるには、わたしか向坂くんが死ななきゃならないってことも」

「…………」

「でも、手遅れになる前にどうしても伝えたいことがあって────」

 声が寂しげな空に吸い込まれていく。

 緊張も躊躇(ちゅうちょ)も、とうに一切捨て去っていた。

「わたし、向坂くんが好き」

 ひと息で言いきった。

 次の瞬間、信じられないことにわたしは彼の腕の中におさまっていた。

(え……?)

 突然抱きすくめられ、混乱に明け暮れる。

 頬に触れる髪がくすぐったい。
 回された腕は力強いのに優しい。

 背中に添えられた手も、触れたところすべてがあたたかかった。

「向坂、くん……?」

「……ごめんな、菜乃」

 その声は弱々しく掠れ、なおさら戸惑うばかりだった。

 それでも、初めて名前で呼ばれたことに心臓が音を立てる。
 何だか切なくて、無性に苦しい。

 やがて腕をほどいた向坂くんは、静かに言葉を繋ぐ。

「ぜんぶ話す。本当のこと」