狂愛メランコリー


「……そんなこと言わないでよ。冗談でも」

 (とが)めるような蒼くんに「ごめん」と苦く笑っておく。

 真剣に心配してくれている彼には悪いけれど、そうでもしていないと、深刻に思い詰めそうになってしまう。

「大丈夫だから。何かあったら俺が守る、絶対」

 蒼くんは強く言いきった。
 覚悟を決めたような、固い意思が覗く眼差しだった。

「……うん、信じてる」



 帰りのホームルームを終えて、立ち上がると鞄を肩にかけた。
 すぐに教室を出て、B組の前に立つ。

 ちょうどホームルームが終わったところで、ふと数人の女の子たちと目が合った。

(あ……)

 わたしのことを積極的に“灰かぶり姫”と呼んだり、裏庭に呼び出して意地悪をしてきたりしたのは彼女たちだ。

 けれど、理人が亡くなってからはぱったりと止んだ。

 いまも彼の死を嘆き悲しんでいるからわたしに構う余裕がないのか、あるいは“王子”がいなくなって興味が失せたのか。

 どちらにしても、もうあんな目に遭うことはないと思う。

『理人が好きなら、正々堂々そう言ったらいいじゃん……! わたしに八つ当たりしてないで、その労力を別のことに使いなよ!』

 あのとき、わたしはちゃんと言えた。
 仮に同じように追い詰められたって、もう一度頑張れる。

 それくらいの勇気と自信を、いまなら持ち合わせている。

 ふい、と彼女たちから目を逸らした。
 もう何も怖くなんてない。

「花宮」

 どこか硬い声で呼ばれ、リュックを背負った向坂くんが気だるげに歩み寄ってきた。

「向坂くん」

 なぜか、勝手に淡い笑みが浮かんだ。

「……おまえさ、怖くねぇの? 俺のこと」

「そう思ってたんだけどね、いまは平気」

 不思議と感情は凪いでいる。
 どことなく、彼には殺されない気がしていた。

 薄々感じ始めていたその予感は、向坂くんと直接話して強まっていった。

 彼には殺意なんてない。

 “昨日”、通り魔であるあの男の身勝手かつ残忍な殺意を目の当たりにしたとき、本物だ、と思った。

 誰かを本気で殺そうとしている人には、いくら叫んだって届かないのだ。

 けれど、思えば向坂くんはちがっていた。
 だからこそ、ここ数回の今日、わたしは彼を出し抜けた。