狂愛メランコリー




 昼休みになると、階段を上って向坂くんに会いにいくことにした。

 最後の踊り場で足を止め、屋上前の階段を見上げる。
 思った通り、変わらず彼はそこにいた。

 けれど、何だか様子がおかしい。

 自身の膝に腕を置き、うなだれるように突っ伏していた。

「向坂、くん……?」

 いつもの強気な彼じゃない。
 そのせいか、張り詰めた警戒心がほどけていく。

 はっと顔を上げた彼は、わたしを認めると瞳を揺らがせた。

「花宮……」

 やっぱり、おかしい。
 “昨日”からずっとこんな調子だ。

 演技なんかじゃない。悪意も見えない。

(何かを隠してる……?)

 ひとまず、ここであれこれ話すのは得策じゃないように思えた。

 いま、向坂くんの感情は不安定だ。
 ひと目見てそれが分かるくらい、動揺を隠せていない。

 わたしは一度、深く息を吸った。

「向坂くん。今日、一緒に帰ろう」

 彼はかなり意外そうに目を見張った。
 当たり前の反応だ。

 記憶の有無に関わらず、わたしがこんなことを言ったのは初めてだから。

「おまえ……」

 戸惑うように何かを言いかけ、やめた。

「……どうせ覚えてんだろ? どういうつもりだよ。俺、おまえを殺すんだぞ」

「分かってる。最終的にどうするかは向坂くんが決めてくれていいよ」

 不思議と、すんなり言葉が出てきた。

 先ほどまで痛いくらい鳴り響いていた心音も、気づけばいつも通りにおさまっている。

「ただ、ちゃんと話したいの。最後だから」

 そう伝えると、惑うような黒々とした瞳に捕まった。
 つい、視線を落とす。

 逃げるようにきびすを返して一方的に告げた。

「……じゃあ、また放課後にね」

「おい────」

 彼の声にも振り向かず、階段を駆け下りていく。

 一歩、また一歩と着地のたびに視界が揺れた。
 目眩も頭痛も止まない。

 少しずつ(むしば)まれていった身体が、悲鳴を上げているのが分かる。

 こんな状態でよく生きているものだ、と我ながら思った。
 生ける(しかばね)も同然だ。



「菜乃ちゃん……」

 教室の前で蒼くんに声をかけられた。
 どうやら待っていてくれたみたいだ。

「とりあえず、放課後までは生きられそう」

 肩をすくめて笑ってみせると、彼は「よかった」と心底ほっとしたように表情を緩める。

「身体は大丈夫? 顔色が────」

「死にそう、かな?」