狂愛メランコリー


 脳裏(のうり)に不鮮明な映像がよぎった。
 誰かの手を握りながら、この道を歩いているわたし。

 どういうことなんだろう。
 ここへは初めて来たはずなのに。

(どうして? 誰なの?)

 もしかして、失ったはずの今日の記憶なのだろうか。

 ────“その人”の不安を体現(たいげん)するみたいに、強く手を握り締められていた。

 一方のわたしはよく分からずに、引かれるがままに歩いている。

 困惑に耐えきれず、足を止めた。
 その手を振りほどいて理由を尋ねようと口を開く。

 その瞬間、上から何かが降ってきた。

 厚い鉄の板のようなものだ、といまなら分かったけれど、記憶の中のわたしはそのまま押し潰されてまう。
 真っ赤な血が(ひるがえ)った。

 おののいたように息をのむ。

「……ちゃん、菜乃ちゃん。大丈夫?」

 はたと我に返ると、頭の中の(もや)が晴れて意識が現実へ引き戻される。

 心臓がばくばくと激しく脈打ち、冷や汗が滲んでいた。

「あ、蒼くん。わたし、いま……」

 死んだ。
 ────この場所で。

 夢でも妄想でもないとしたら、やっぱり記憶だ。

 こんなふうにして、失ったはずの記憶の欠片を思い出すことは以前にも何度かあった。

 頭痛を伴いながら、わたしに未来の可能性を見せてくる。

 わたしは一度、ここで死んでいるんだ。

 あれが今日の出来事なら、また同じ目に遭って命を落とす可能性がある。

 恐る恐る顔を上げた。
 数メートル先に工事現場があった。

 作業中ではないみたいだけれど、クレーンに吊られた鉄板が風に揺れている。

(あれだ……)

 背筋がぞくりとした。

 いま、あの記憶を取り戻せなかったら、同じところで死んでいたにちがいない。

 強く蒼くんの腕を掴むと、彼は驚いたように目を見張る。

「どうしたの」

「ここ、通りたくない……」

 震える声で告げた。
 指先に力が込もる。

 不思議がるように少し黙り込んだ彼は、だけどあえてあれこれ尋ねてきたりはしなかった。

「分かった。じゃあ道変えよっか」

 そのとき、ガシャァン! というけたたましい騒音と甲高い音が響き渡った。

 地面が鳴るような轟音(ごうおん)が、足から全身に伝わってくる。

「びっくりした……」

 蒼くんが振り返った。
 わたしも息をのんでそちらを見やる。