狂愛メランコリー


 消え入りそうな声で呟く。

 もうたくさんだ。
 殺されるのも、死ぬのも。
 痛いのも、苦しいのも、絶望するのも、裏切られるのも、騙されるのも、傷つくのも。

「────じゃあ、一緒に逃げよっか」

 蒼くんは柔らかい声音で言った。

 目が合うとふんわり微笑み返されて、手を差し伸べられる。

「ふたりでどっか遠くに行こうよ。死も追いつけないようなところに」

 浮かんだ涙がこぼれると、視界に光の粒が散った。

「どこ……?」

「分かんないけど、とにかくここを離れる。仁くんから遠ざかれば殺されないでしょ。そしたら明日が来る」

 はっとした。
 どうしていままで気づかなかったのだろう。

 そもそもわたしが命を落とさなければ、今日がループすることもないんだ。

 頬を拭って彼に頷く。

「……行こう、蒼くん」

 そのてのひらに手を重ねると、しっかりと握り締めてくれた。

 あれこれ考えるのは“明日”になってからでいい。
 とにかく、死ぬ気で今日を生き延びるんだ。



 最寄り駅まで来ると、片道切符を買って電車に飛び乗った。
 行けるところまで、とにかく遠くを目指す逃避行。

「疲れてない?」

「平気。……ちょっと楽しいかも」

 それほど混んでいない電車の中、蒼くんと並んで揺られる。

「よかった。俺も楽しいよ、菜乃ちゃんといると」

 彼は相変わらず柔和な笑みで、慈しむような眼差しを注いでくれる。

「……蒼くんって、そういう曖昧なことばっかり」

「え、何か言ったっけ?」

「“一昨日”ね」

 そう返すと、彼は悔しそうに苦く笑った。
 彼の中にそのときの記憶はもう残っていない。

「うわ、何て言ったんだろ。告白までしちゃってたらどうしよう」

 口元を覆う彼を見ていると、“一昨日”のそれが本当に冗談だったのかどうか分からなくなってくる。

 ────電車の揺れと穏やかな静寂で、ふわりと意識が宙に浮かびそうになる。

「眠いなら俺の肩貸すよ」

 小さくあくびすると、すかさずそう言ってくれた。
 本当によく見てくれている。

「────ありがとう、蒼くん」

 以前は十分だと言われたけれど、いまの彼なら受け取ってくれるだろうか。

 伝えないとわたしの気が済まない。
 何度伝えても足りない。

「ん、寝る?」

「ううん。ぜんぶに感謝してるの。助けてくれたことにも、いまこうして隣にいてくれてることにも」