狂愛メランコリー


 誰にも邪魔されることなくわたしを殺せる機会を、ずっと狙っていたのだろうか。

「“そのつもり”、ね……。動機の話なら、確かに(はな)から変わってねぇな」

 彼は平然と言ってのける。
 眉頭に力が込もった。

「わたしは……向坂くんのこと信じてたのに」

 一瞬うつむき、すぐにかぶりを振る。

「ううん、いまだって信じてる」

 届いて欲しい、と願いながらまっすぐに彼を見据えた。
 一拍置いて、向坂くんはせせら笑う。

「幸せ者だな」

 冷たい皮肉が突き刺さる。
 温度のない表情と声色は、わたしの心を打ち砕くのに十分だった。

「向坂くんは……わたしが憎いの?」

「いや」

 意外にも彼は即座に否定した。

「おまえのことは嫌いじゃねぇよ。だから殺すんだろ」

 興がるように口端を持ち上げ、寝かせたナイフの刃でわたしの顎をすくう。
 触れた切っ先がちくりと痛んだ。

(分かんない……)

 向坂くんが何を言っているのか。
 その意図も思考もまるで理解できない。

「話はそれでぜんぶか?」

「…………」

 悔しいけれど、口をつぐむほかになかった。

 ここまでのやり取りで、何ひとつとして彼の心に響いていないことが分かるから。

 これ以上、粘ったところで意味なんてない。
 平行線のままだ。────いまのところは。

「……そうだね。今日は終わり」

 向坂くんの記憶は消えない。リセットされない。
 何度も何度も、今日を繰り返すたびに話をすれば、その記憶も積み重なっていく。

 そのうちそれが、(ろう)に覆われたような彼の心にも届く。
 その可能性を信じたい。

「“今日は”?」

 向坂くんは訝しむように繰り返す。
 ナイフがわずかに遠ざかった隙に、その手を押し返した。

 一瞬触れた手は悲しいくらいにあたたかくて、泣きそうになってしまう。

 する、と袖の内側ではさみを滑らせた。
 取り出したそれを強く握り締める。

「おまえ、それ────」

 初めて向坂くんがうろたえた。
 打って変わってわたしはやわく笑って見せる。

「また“明日”ね、向坂くん」

 両手ではさみを構えると、自分の心臓目がけて振り下ろした。