狂愛メランコリー


 以前の彼はちゃんと耳を傾けてくれた。
 記憶をなくしていても、突拍子もない話を信じて受け入れてくれた。

 いまの彼にその面影なんてない。

 すべてがこの日々のための布石(ふせき)だったとしたら、とんだ策士で役者だ。
 わたしには到底敵わない。

「話? ループのことなら知ってるぞ」

「ううん……。そうなんだけど、ちがくて」

 どう切り出せばいいだろう。
 どうすれば伝わるだろう。

 いざ死の淵に立たされると、冷静に考えることなんてできなくなっていた。

 どうにか恐怖を抑え込みながら言葉を探していると、向坂くんが先に口を開く。

「へぇ。真っ先に聞かねぇってことは分かってるんだな、自分の状況」

 推し量るような暗色の双眸(そうぼう)に捕まる。
 それを確かめるためにあえて“ループ”と口にしたんだ。

 逃れたくてつい視線を彷徨わせれば、ふっと彼は確信めいたように笑った。

(……だめだ)

 思っていた以上に向坂くんは鋭くて、淡々とわたしを追い詰めていく。

 失うものも守るものもないからか、彼は簡単に踏み込んでくる。
 些細な隙も見逃してはくれない。

「……そうだよ、分かってる」

 顔を上げ、凜と告げる。
 わたしもいまさら、しらを切り通すつもりなんてない。

 怯んだり嘘をついたりするだけ遠回りになる。

「向坂くんがわたしを殺すことも、今日を繰り返してることも、ぜんぶ分かってる」

 彼の瞳がほんのわずかに揺らいだ。
 思いがけないと言うように。

「……あっそ。ま、そんなの別にどっちだっていいけどな。俺のやることは変わんねぇし」

 おもむろにポケットに手を入れると、素早くペティナイフを取り出す向坂くん。
 ためらうことなくその先端をわたしに向ける。

「最初からそのつもりでわたしを助けてくれてたの……?」