感情を押し込めたように言われると、徐々に意識が遠のいていく。
こんなふうに死ねないのに。ぜんぶ忘れてしまうのに。
向坂くんを悪者にしたくないのに────。
そのとき、駆けてきた誰かが叫んだ。
「離れろ!」
視界は霞んでいたけれど、それが蒼くんだということは分かった。
彼は傘立ての中から適当に1本引っ掴み、向坂くん目がけて思いきり振り抜く。
それに気づいた向坂くんはわたしを離し、身を逸らして易々と躱した。
立っていられなくなって、その場に崩れ落ちる。
必死に息を吸い込むと、激しく咳き込んだ。
顔が熱い。血液中に一気に酸素が回る。
ばくばくと激しく脈打つ心臓の音が耳元で聞こえた。
「平気!?」
傘を放った蒼くんがわたしのもとへ駆け寄ってきた。
目眩と咳がおさまると、こくこくと頷いてみせる。
「……へぇ」
向坂くんがつまらなそうに呟く。
ポケットに両手を入れたまま、高圧的に見下ろしている。
「いつの間に味方なんて作ってたんだ?」
「……目の前で殺されかけてる人がいたら、助けるに決まってるじゃん」
記憶を失っても、蒼くんはわたしを助けてくれた。
それだけが唯一、このループでの救いだ。
「それともなに? もしかして初めてじゃないの? “こんなこと”するの」
その言葉に反応したのは、向坂くんだけでなくわたしも同じだった。
核心を突くような問いかけだ。
彼には記憶がないはずなのに。
「……だったら?」
向坂くんに嘘をついたり誤魔化したりする気はさらさらないらしく、あっけらかんと開き直った。
「何かうっとうしいし、おまえのことも殺してやろうか?」
目的の邪魔をするなら、蒼くんに手をかけることも厭わないようだ。
脅迫じみたそんな言葉を受けても、蒼くんは一切怯まなかった。
「思い通りにはさせないから」
強気に返すと、わたしの手を取る。
「行こう、菜乃ちゃん」
手を引かれながら駆け出し、正面玄関から飛び出した。



