狂愛メランコリー


「なあ、どうしたんだよ」

 向坂くんが一歩距離を詰める。

 あとずさることさえできないまま、怯んだようにその目を見返した。

「何にそんな怯えてんだよ。ただ話してるだけだろ」

「向坂くん……」

「前みたいに笑えよ。いまやおまえの唯一の“友だち”だろ、俺」

 淡々と追い詰めてくるような彼の態度は、わたしの気を(くじ)くのに十分だった。

 話すほど彼という人物像が崩れていく。
 信じたいのに、その気持ちを嘲笑うかのような展開ばかり。

 夢だったらいいのに。
 晒されているこの現状が、すべて悪い夢だったら。

 じわ、と涙が滲んだ。

「……泣き虫だな、相変わらず」

 ふいに彼から表情が消え、興がるような色が褪せる。

 彼が何を思っているのか、何を考えているのか、わたしにはもうまったくもって分からない。

 唇を噛み締め、強く両手を握り締めた。

「向坂くんは……こんな人じゃない」

 思わずそう口走ってしまった。

 まるで過去の向坂くんを否定されたみたいで、我慢できなかった。

 わたしが好きになったのは、あのときの向坂くんだ。
 もうそんな彼はいないのに、想いを断ち切れない自分が情けなくて悔しい。

「あ?」

「わたしの知ってる向坂くんは、意味もなく人を傷つけたりしないから」

 彼の瞳が揺らいだ。
 次の瞬間、怒りと悲しみを(たぎ)らせたように目の色を変える。

「……っ!」

 勢いよく首を掴まれた。
 正面玄関の扉に背中を打ちつけて息をのむ。

「……分かったようなこと言ってんじゃねぇよ」

 ぎりぎりと強く締め上げられ、呻き喘ぐことしかできない。

 異常事態に気がついた周囲の人たちがざわついても、彼はまったく(はばか)ろうとしなかった。
 巻き戻ったら、どうせ忘れられるからだ。

(嫌だ。やだ、殺されたくない……!)

 そう思うのに、抵抗する余裕は既にない。
 頭の中と目の前が白く明滅(めいめつ)して、力が抜けそうになる。

「おまえはただ黙って殺されてろ」