どさ、と捨てるように鞄が置かれた。

 私は布団に(くる)まったまま、思わず身体を起こす。

 明らかにいつもの理人と様子が違う。

 やっぱり、怒った……?

「理人……」

 不安になり、その名を呼んだ。

 理人はベッドの傍らに腰を下ろし、私を見上げる。

 普段は私が見上げる側なため、この視点は新鮮なものだった。

 彼は何も言わず、にこっと微笑む。

(あ……)

 昨日の帰り道と同じ、温度のない表情だ。

「……また(、、)失敗しちゃったみたい」

 言葉の意味が分からず、黙ってその双眸を見返す。

「菜乃はあいつの話しかしないし、あいつのことばっかり考えてるし」

 “あいつ”が向坂くんを指しているのだということは辛うじて分かる。

 理人はそれを責めているのだろうか。

 けれど、それは理人を信じてのことだった。

 私を覆う不安や恐怖を、彼なら何とかしてくれる、と勝手に期待してしまったのだ。

「それは────」

「恐怖を与え過ぎても、僕を見てくれなくなるんだね」

 理人は私の返事など最初から待っていないようだった。

 私はただただ戸惑った。

 まったくもって理人の話についていけない。

「“彼”に見られたのは誤算だったけど、利用出来ると思ったのに。……菜乃が僕だけを頼ってくれる、って」

「何、言ってるの……?」

「あはは、ごめん。確かに菜乃は頼ってくれたけど、僕が先に我慢出来なくなっちゃったんだ。僕、自分が思ってたより嫉妬深いみたい」

 ────怖い。

 まるで話が噛み合わないことも、理人の冷淡な笑顔も。

 目の前にいるのは、本当に理人なの……?