狂愛メランコリー


 身を縮め、すり抜けるようにして壁際から脱した。

 泣きそうになりながら彼を見やると、ふっと気だるげな笑みが返ってくる。

()()追いかけっこでもするか? 今日は踏み外さねぇといいな」

 全身に響く鈍痛(どんつう)を思い出して、身体が強張った。

「なあ、どうして欲しい?」

「何、言って……」

「どうやって殺されてぇのかって聞いてんだよ」

 どうもこうも、殺されたくないに決まっている。
 ループに限りがあると分かった以上、なおさら死にたくない。

 何よりも、向坂くんに殺されたくない。

 彼を信じる余地すらなくなってしまいそうで。
 一方的に裏切られて傷つくだけなのに、向坂くんを悪者にしたくなくて。

「……どうしても、わたしを殺すの?」

「当然だろ。そのためのループだ」

 硬い声で尋ねれば、彼はこともなげに答えた。

 ループについて隠す気がないのは、わたしが死ねば記憶を失うと思っているからだろう。

「……分かった」

 一拍置いて静かに頷くと、彼は意外そうな顔をした。

「でも、わたしは……向坂くんには殺されない」

 きびすを返すと、階段を駆け上がっていく。

 よほど想定外の行動だったのか、すぐには追ってこなかった。
 足を止めないまま一気に駆け抜けて屋上へ飛び出す。

 ここには1週間前の光景が、まだ色濃く残っていた。

「理人……」

 ふちへ歩み寄ったわたしは、落ちていく彼の幻影を追いかけるようにして一歩踏み出した。

 浮遊感に包まれながら、伸ばした手が透き通った幻を掠める。

 何にも阻まれることなくまっすぐに落下していった身体は、やがてコンクリートに叩きつけられた。



     ◇



 目を覚ますと、全身が痛んだ。
 起き上がることさえ辛くてたまらない。

 ────それでも。

「覚えてる……」

 また、わたしは“昨日”を忘れていなかった。

(よかった……)

 深く安堵の息をつき、胸の前で両手を握り締めた。

 考えなきゃ。見つけなきゃ。
 記憶の法則も、結末を変える道筋も。