狂愛メランコリー


 立ち上がろうとしたのに、思うように動けなかった。
 脚の痛みに加え、腰が抜けてしまったのかもしれない。

(嘘でしょ……)

 かき立てられた恐怖心に、目の前が真っ暗になった気がした。

「来ないで……!」

 怯んだ身体を必死で動かし、逃げるようにあとずさった。

 手すりを支えにどうにか立ち上がるけれど、踏みしめる足に力が入らなくて、がくんとあえなく崩れ落ちてしまう。

 その先に床はなくて、平衡感覚を失った。

「……っ!」

 視界が反転したかと思うと、鈍く強い衝撃が全身に響いてくる。

 風船を手放したみたいに、ふっと意識が離れていった。


     ◇



「いや……っ!」

 慌てて飛び起きたとき、ずきん、と割れるように頭が痛くなった。
 思わず額に触れる。

「う……」

 悪い夢を見ていた気分だった。
 彼から逃げて、階段から落ちて、死んだ。

(わたし、向坂くんに殺されそうになった)

 早鐘(はやがね)を打つ心臓に冷や汗が滲んだ。

 確かに覚えている。
 狂気を滲ませた彼がナイフを手に迫ってきたこと、その刃が刻んだ首の傷の痛み。

「夢、だったの……?」

 いくら夢だとしても、あまりにリアルで怖くて受け入れがたい。

 小さく震える手でスマホを手に取った。
 アラームまではまだ1時間近くある、午前6時4分。

「…………」

 拒もうとしても強く実感する。
 この感覚はやはり、初めてじゃない。

 わたしが死んで終わる、生々しい悪夢。
 目覚めても消えない絶望と疲労感。

 まるで、あの日々と同じ。
 嫌な予感が渦巻く中、恐る恐る日付を見やった。

「そんな、嘘でしょ……?」

 ────5月7日。
 無情なその表示が、わたしを絶望へと引きずり込んでいく。