狂愛メランコリー


 びっくりした。
 一瞬、理人かと思ってしまった。

「だ、大丈夫。ごめん、ありがとう。……相原(あいはら)くん」

 あまり話したことはないけれど、明るく人懐こい性格で友だちが多いことは知っている。

(あおい)でいいよ。ていうか、本当に無理してない? いまにも死にそうな顔してるよ」

 そう言いつつ、屈んでミルクティーを拾ってくれる。
 差し出されたそれを受け取りながら、わたしは自分の頬に触れた。

(死にそう……?)

 そんなにひどい顔してるのかな。

 鏡を見なくても、自分の顔色が青白いことは何となく分かる。
 何だか身体の内側が重くて、そのせいでだるい。

「平気。ちょっと寝不足で、調子悪くて……」

「……急に理人くんがあんなことになって、ぐっすり眠れるわけないよね」

 何だか、少しだけほっとした。

 わたしの抱く悲しみに歩み寄り、共感してくれる人がいるという事実に。

「でも無理しないでよ? 菜乃ちゃんまで倒れたら大変だし」

 心配するような眼差しを注いでくれる。

 その態度も、呼び方も、全然ちがうはずなのに────何だか理人を彷彿(ほうふつ)としてしまって感情が揺れた。

「ありがとう……」

 不安定な心が涙の気配を滲ませるから、急いできびすを返す。

 そのまま屋上へ行こうと踏み出したとき、つきん、と胸に鋭い痛みが走った。

「……っ」

「え……大丈夫?」

「あ、う、うん。大丈夫だから」

 慌てた蒼くんが優しく背中に手を添えてくれる。

 一番戸惑っているのは自分自身だった。

 この痛みは何なのだろう。
 これも寝不足のせいだろうか。

 ふいに頭痛がして、閉じた瞼の裏側に不鮮明な映像がちらつく。

 誰かがナイフを振り上げ、わたしの身体に突き立てる────。

 今朝見た夢、だろうか。
 それとも、理人に殺されていた頃の記憶?

「ねぇ、顔色が真っ青だよ。辛いなら保健室に……」

「大丈夫! 本当にごめんね」

 どく、どく、と心臓が嫌な音を刻んでいく。

 そんなわけがない、と思いたかった。
 信じられない。

(でも、この感覚……)