狂愛メランコリー


 彼はわたしの置いたペットボトルにつかつかと歩み寄って、そのまま蹴飛ばす。

 それはふちから下へ落ちていった。

「ちょっと……」

 不謹慎というか、分別(ふんべつ)のない突飛な行動だった。

 理人の死を侮辱しているような気がして、戸惑いの中に憤りが混ざる。

 おかしい。
 いつもの向坂くんなら、絶対にこんなことはしないはずなのに。

「羨ましかったんだよなぁ、ずっと」

 彼の低めた声はどこか興がるようで、ぞくりと背筋が冷えた。

「だって、ずるいだろ。俺だって殺したかったのに」

「……何を、言ってるの……?」

 あまりにも意味が分からなくて、思考が止まる。

 いすくまって動けないわたしの首を、彼は勢いよく片手で掴んだ。

「え……っ」

 一瞬、呼吸が止まった。
 興がるように口端を持ち上げる彼と目が合う。

「向坂く────」

「言っとくけど俺、おまえが思ってるほどいい奴じゃねぇから。きれーな愛し方とか知らねぇし」

 強く首を締め上げられるけれど、息苦しさよりも戸惑いに支配される。

(なんで。……何で?)

 わけが分からなかった。
 こんなの、向坂くんじゃない。

「俺が殺してもループすんのかな? それとも死んで終わりかな? ……なあ、試してみようぜ」

 彼はいっそう強く力を込めた。

「……っ」

 声すら出せずに呻き喘ぐ。
 心の底から(たの)しむようなその双眸(そうぼう)を見て、ああ、と思った。

 ────狂ってる。

 もともと向坂くんが()()()()性質を持ち合わせていたのか、ループを繰り返して死が身近になるうちに豹変(ひょうへん)してしまったのかは分からない。

 ただ、どちらにしてもきっかけはわたしなのだろう。

 ループの中で何度か死を目にするうち、本能的な猟奇性(りょうきせい)を目覚めさせてしまった。
 血に惹かれ、さらに過激なものを求めるようになった。

 苦しむ顔が見たい。痛がる声を聞きたい。こと切れる瞬間を見たい。そんなふうに。

 そのために、今度は彼がその手で殺そうと────。