────4月30日。
私はアラームの時間通りに目を覚ました。
「……もう、最後」
私は今日、理人に殺される。
この日を迎えるまで、私は普段通り理人と過ごした。
すべてを知って、結末を待つ中、自分の意思でそうした。
彼の心を置き去りにした贖いでもあり、単純に彼と一緒にいたい気持ちもあった。
わだかまりも不信感も消え去った今、昔みたいに……“王子”でも“灰かぶり姫”でもない、ただの私たちとして接せられた。
その一方で、私は向坂くんのことを避け続けた。
案じてくれているのは分かっていたけれど、彼と会うと覚悟が揺らいでしまいそうで怖かった。
受け入れたはずの結末を、拒絶したくなりそうで。
支度を済ませると玄関を出て、門の外にいる理人と落ち合う。
「おはよう、菜乃」
「理人。おはよう」
微笑む彼に、私も同じように返した。
二人並んで学校までの道を歩いていく。
きらきら降り注ぐ朝の光は柔らかく、吹いてくる風は穏やかで優しい。
いつもより早い時間だ。
これならきっと、向坂くんもまだ来ていない。
いつもと変わらない話をしながら校門を潜ると、昇降口を抜け、階段を上っていく。
「…………」
上へいくにつれ、だんだんと静寂の間が長くなっていった。
『2日後、屋上で話そう。最後に』
────その“最後”のときが来たのだ。
鏡のある踊り場を通り過ぎ、階段を上りきると、理人は屋上へと続く扉の取っ手を回した。
彼に促されるままに、私は外への一歩を踏み出す。
ここへは初めて出た。
柵のない屋上には塔屋があるくらいで、無機質な印象を受ける。
理人は扉を閉めると、屋上の中央付近まで歩み出た。
「菜乃に伝えたいことがあるんだ」
そよいだ風が、振り返った彼の髪を揺らす。朝日に柔らかく透ける。
規則正しい心臓のリズムを感じながら、口を噤んで続きを待つ。
「僕、菜乃が好きだよ」
微笑んだ理人の表情は、今までに見たどれよりも優しかった。
私の答えは知っているのに、この先の展開も分かっているのに、幸せに満ちているように見える。
(……私も、理人が好き)
それは彼の気持ちとは種類が違っていて、決して交わるものではないのだけれど。
理人はいつだって私を想ってくれて、大切にしてくれて、そばにいてくれた。
私を殺したって、苦しめたって、その事実は変わらない。
過去は変わらない。
私たちが紡いできた時間は、消えてなくなったりしないから。