他愛もない話をしながら校門を潜ると、昇降口を抜けて階段を上っていく。
「…………」
上へ上がるにつれ、だんだんと静寂の間が長くなっていった。
────“最後”のときが来たんだ。
鏡のある踊り場を通り過ぎて階段を上りきると、理人は屋上へと続く扉の取っ手を回す。
存外すんなりと開いた。
彼に促されるままに、外への一歩を踏み出す。
ここへは初めて出た。
フェンスのない屋上には塔屋があるくらいで、無機質な印象を受ける。
扉を閉めた理人は、屋上の中央付近まで歩み出た。
「────菜乃に伝えたいことがあるんだ」
緩やかな風がそよいだ。
振り返った彼の髪が揺れて、朝日に柔らかく透ける。
「僕、菜乃が好きだよ」
微笑んだ彼の表情は、いままでに見たどれよりも優しかった。
わたしの答えは知っているのに、この先の展開も分かっているのに、幸せに満ちているように見える。
(……わたしも、理人が好き)
それは彼の気持ちとは種類がちがっていて、決して交わるものではないけれど。
いつだってわたしを想ってくれて、大切にしてくれて、そばにいてくれた。
わたしを殺したって、苦しめたって、その事実は変わらない。
過去は変わらない。
紡いできた時間は、消えてなくなったりしないから。
「菜乃と出会えてよかった。一緒に過ごせて幸せだった」
儚い笑顔は散ってしまいそうで、溶けて消えてしまいそうで、思わず踏み込むと背中に腕を回す。
その温もりと存在を確かめるように抱き締める。
「……わたしもだよ。わたしも、理人といられて幸せだった」
泣かないようにしようとこらえていたのに、つい声が震えてしまった。
「ありがとう……」
理人は淡く笑って、そっと抱き締め返してくれた。
頭に載せられた手はあたたかくて、深く安心できる。
懐かしいにおいがする。
優しくて、ほっとする。
わたしのよく知っている理人だ────。



