「美味しいっっ!」
「そうだろう。リリアは甘い物が好きだから気に入ると思った」

 あの騒動から数日がたった日。

 私はルーカスの執務室でケーキをご馳走になっていた。

 いちごがいっぱい乗ったクリームたっぷりのショートケーキ。

 あまりにも美味しくてほっぺたが落ちそう。

「リリア、ついてる」

 ルーカスはくすりと笑みを浮かべて、自身の口元を指さして示してくれた。

「う……」

 つい美味しくてケーキを頬張ってしまった。

 口元を手で探るも、付いたであろうクリームにたどり着かない。

「?」

 疑問に思っていると、いつの間にか正面にいたはずのルーカスが隣に距離を詰めていた。

「ごめん、嘘」

 楽しそうに笑うルーカスは私の顔を覗き込むと、私口元を指先で拭った。

「う、嘘なのに、何で…」

 その行動に思わず赤面してしまう。

 クリームが付いていないなら、今のは何だったんだろう。

「ごめん、ごめん」

 ルーカスは優しく微笑みながら謝ると、私の目をジッと見た。

 その視線は外されないまま、先程私の唇を拭った指先に、キスをした。

「なっ!!!!」

 その色っぽい視線と仕草にドギマギしてしまう。

「キスしたいなー、と思ったけど、我慢した」

 ルーカスはそんなことをサラリと言うと、私の手を取り、自身の唇まで引き寄せた。

 形の整った唇は柔らかく、その熱が伝わってくる。

 私はドキドキしたまま、ルーカスから視線を外せずにいた。

「リリアもして?」

 彼はそう言うと、私の手を戻し、指先を唇まで近付けた。

 その意味に気付くと、また私の顔は赤くなる。

 期待と熱を込めたルーカスの表情に、私は従うしかなく、彼の唇に触れた指先にキスをした。

 それを見たルーカスは、言いようのない甘い表情で微笑んだ。と、同時に、私は彼に引き寄せられて、抱き締められた。

「ルーカス、甘い……」

 抱き締められた私はドキドキしながらもそう言うと、ルーカスは私の耳元で囁いた。

「久しぶりのリリアとの時間だ。大切にしたい」

 あの騒動から、ルーカスは忙しくしていた。

 関わった全ての人を摘発し、その処理に追われていた。

 その間、ルーカスと会えずにいた私は、研究室でひたすらポーション作りに勤しんでいた。

「でも、今日だって王都の結界の話で呼ばれたはずじゃ……」

 そう。第二王子派が解体されたことにより、私たちは最後である王都の結界にようやく手出し出来るのだ。

 今日はその話で呼ばれたはず。

 美味しいケーキを出されて、思わず浮かれてしまったけど、この部屋にはいつまでたっても私とルーカスの二人きりだ。

 疑問に思ってルーカスをちらりと見れば、彼はいたずらが見つかった子供のように笑った。

「ごめん。リリアとの時間が作りたくて、君には皆より早く来てもらったんだ」
「そうだったの……」

 まだルーカスの腕の中にいた私は、彼がそんなことを考えてくれていたことに嬉しくなった。

「……怒った?」

 上目遣いで私を伺うルーカス。

 ……ずるい!!

「怒るわけないじゃない!」

 私がそう言うと、ルーカスは口の端を上げて笑った。

「良かった」

 ルーカスは、私が怒るわけないとわかってて聞いたんだ。

「……意地悪……」

 私はルーカスに頬を膨らませていじけてみせた。

 そんな私をルーカスは、また抱き締めた。

「愛している」

 突然のルーカスの愛の告白に、胸が跳ね上がる。

「急にどうしたの?」

 私はルーカスをギュッと抱き締め返した。

「そう言えば、言ってなかったなと思って」
「そうだっけ」

 ルーカスには甘い言葉を沢山浴びせられてきた気がする。

 愛しているは、無いのか……うん。

「リリアは?」
「えっ?」

 そんなことを考えていると、いつの間にかルーカスの顔が至近距離にあった。

 真剣な瞳。

 その瞳には私も真剣に返さなくては。

「私もルーカスを愛しているよ」

 私の言葉に、ルーカスは安堵したような表情を見せた。そして。

「リリア………」

 ルーカスの顔が次第に近付いて来たので、私はギュッと目を瞑った。

 お互いの唇が重なると、私は幸福感に包まれた。

 継承や派閥問題も落ち着き、結界も残すは王都の大きな物一つだけ。

 ポーションの流通や治療院も好調。

 今世こそ上手くいっている。今度こそ、ルーカスと一緒に生きていける。

 そんな想いが一気に溢れて、幸せだなあ、と思った。

 コンコン

 まだお互いの唇が重なる中、部屋にはノックの音が響いた。

「ちっ、時間か」

 ルーカスはドアの方に目をやると、私を解放した。

 結界の修復について予め呼んでいたアレクたちが来たのだろう。

「リリア、これが終われば……」
「ルーカス?」

 何だか真剣な顔のルーカスは、何か言いたげだったのに、途中で言うのをやめてしまった。

「……キスの続きは全てが終わってからな」
「もう!」

 ルーカスは片目を瞑って、意地悪な顔で微笑んだ。

 いつものルーカスだ。

 さっき何か言いたげだったのが気になったけど、私は考えるのをやめてしまった。

 キスの余韻にドキドキしながらも、その幸せを反芻していた。