翌日、私はルッシャー領の結界修復に回った。

「ヒビが入ってる……!」

 一箇所目の結界に着いて、私とトロワは確信した。やはり、王都から離れた結界に限界が来ている。

「穴が空く前で良かったよ」

 結界をまじまじと見るトロワに、私も頷く。

「それで? 結界を直せるんだろうな?」

 隣にいたイスランが仏頂面で私に尋ねる。

「はい! 今から取り掛かります!」
「副隊長、リリア様はフォークス領でも結界を修復されているんですから、実績は立証済ですよ!」

 イスランに笑顔で返事をすると、私の護衛に控えていたユーグが、彼にフォローを入れてくれた。

 変わらず優しくて明るいユーグには救われる。

「ふん! 俺はそれを見ていないからな」

 相変わらずの憎まれ口に、私とユーグは顔を見合わせて笑った。

「は、早くしろ!」

 そんな私たちを見て、増々怒り口調になったイスランは、私を急かした。

 私はトロワと、ふう、と結界に向かい合う。

「穴が空く寸前といった所だな。リリア、俺の力も使え」
「うん、ありがとう。トロワ」

 トロワに頷いて、私は結界に両手を突きだす。

「光よ、巡れーーーー」

 同時に、トロワの身体と私の手が光る。

「こ、これは……!」

 私の後ろの方で、イスランの驚く声が聞こえた。

 キイイン、という音と共に、結界のヒビは修復され、より強固な物へと生まれ変わった。

 ふうっと光が消えたトロワは、私の肩に落ちるようにして乗った。

「トロワ?!」
「大丈夫だ……力を使ったから眠いだけだ」

 そう言うと、トロワは私の肩の上で眠りについてしまった。

 トロワも私みたいに、小さな身体に追いついていないんじゃないかしら?

 トロワは元々ライオンだった。何故か今は猫の姿のまま。思うように力を発揮出来ていないのではないかと私は思った。

 でもそれが何故かはわからない。トロワが話してくれるまで待つしかない。

「見事だったぞ。次に行こう」

 その場で考え込んでしまった私に、イスランが後ろから声をかけた。

「あ、ありがとうございます」

 急なイスランからの褒め言葉に、ポカンとしていると、ユーグが吹き出した。

「副隊長、ようやくリリア様を認められたんですよね」
「い、行くぞ!!」

 ユーグがお腹を抱えて笑っている。イスランは顔を赤くして、馬の方へ向かうと、周りを警戒してくれていた騎士たちに、出立の合図をした。

 イスランに認められた?

「良かったですね! リリア様!」

 まだ笑っていたユーグが涙目で私に言った。

「うん!」
「副隊長、簡単だなあ」

 私がユーグに笑顔で答えると、彼はまだお腹を抱えて笑っていた。

 ルッシャー領の結界はあと一つ。最悪の事態になっていないと良い。

◇◇◇

「魔物です!」

 二つ目の結界の場所へ辿り着くと同時に、騎士たちから声が上がった。

 フォークス領の時と、状況が似ている!

 「リリア様!!」

 私はユーグの静止を聞かず、急いで馬車の扉を開けた。

 目の前には、巨大蛇(ジャイアントスネーク)が一体。

 フォークス領の時のように数はいないものの、中々骨が折れる相手だ。

「リリア様、下がっていてください!」

 ごくりと唾を飲み込んだ私の手をユーグが後ろから掴み、彼の身体の後ろに引っ張られる。

「リリア様は結界を!!」

 イスランがそう叫ぶと、彼は近衛隊に号令を飛ばした。

 騎士たちと巨大蛇(ジャイアントスネーク)の戦いが始まり、私はユーグに手を引かれて、結界に向かった。

「リリア様、こちらです」

 ユーグに連れられ、結界を目の前にすると、自分の嫌な予感が当たり、悪寒が走る。

「これ…は」
「あいつが通って、境目が広がったんだな」

 肩の上で寝ていたトロワが目を覚まし、状況をすぐさま分析した。

 結界は穴、というより、裂けたように広がっていた。トロワの言うように、あの魔物が元々の穴から無理にこちらに出てきたせいだろう。

「結界が弱っているってこと?」
「リリア様!」

 トロワと話していると、ユーグに引き寄せられ、私は地面に倒れ込んだ。

 すぐにユーグの方を見ると、彼は狼の牙を剣で防いでいた。

「ユーグ!!」
「まずい、リリア。結界を早く修復しないと、魔物がどんどんやってくるぞ」

 狼も結界の穴から飛び出して来たようだった。

「リリア様、はや、く……」

 ユーグが魔物狼を防いでいるうちに、早く……!

 私はトロワを横目で見ると、彼もコクリと頷いた。

「光よ、巡れーーー!」

 私は急いで聖魔法を発動させた。

 キイイン、ガルルル、

 結界が張り巡る音と、魔物の唸り声。

 早く!!

 私の焦りとは裏腹に、結界の損傷が酷いせいか、修復の進みが遅い。

「?」

 フォークス領が一番酷かったけど、この結界は、そこまでじゃない。

 私は不思議に思い、トロワの方を見ると、彼は汗だくになり、顔を青くしていた。

「トロワ……!」
「止めるな、リリア!」

 駆け寄ろうとした私に、トロワが厳しく静止した。

「だい、じょうぶ。リリアはそのまま力を。間違っても全力注ぐな」

 フォークス領の時、私は力を制御出来ず、全力で結界を修復した。そのせいで倒れてしまったのだ。

 今はトロワの力を借りているため、セーブ出来ている。

「でも……!」
「ここで倒れたら、魔物にやられる……」

 トロワがチラリと巨大蛇(ジャイアントスネーク)に目を向ける。

 近衛隊たちは苦戦しているようだった。

「リリアの力を残しておかないと……」

 トロワは力無い声で言った。その声に泣きそうになりながらも、私は彼を信じて力を使い続けた。

 キイインーーーー

 そのうち、結界の穴は塞がり、境界も見えなくなった。『リリア』の強大な結界が張られた。

 ギャオオオ

 同時に、ユーグの方からも声がした。どうやら魔物狼を倒したようだ。

「ユーグ、大丈夫?!」
「はい。リリア様は?」
「私は大丈夫……」

 駆け寄ってきたユーグの身体を見渡し、怪我が無いことに安心する。そして、もう一人の相棒を振り返ると。

「トロワ!!」

 トロワは力尽きて、その場で倒れ込んでいた。