「お前は何故ここに?」

 ルーカス様の問い詰めるような顔に、私はごくりと喉を鳴らした。

「お母様に聞いていたので、この目で見たくなって」
「またロザリーか……」

 一番もっともらしい答えを出せば、ルーカス様はため息をついた。

「ロザリーは随分、お前にリヴィアのことを話していたみたいだな」
「お母様はよく、『あなたはリヴィア様の生まれ変わりだわ』と私に言っていました」

 そう言った瞬間、ルーカス様の空気が変わった。

「お前がリヴィアの生まれ変わりなどと冗談でも言うな」
「お母様の願望みたいな…、例え話みたいなものですよ?」

 初めて会った頃のような、冷たい瞳で私を見下ろすルーカス様に、思わずたじろいだ。

「そんなお伽話みたいなことあるわけない。バカバカしい」

 拒絶するように、冷たい表情で話すルーカス様。でも、ロザリーをバカにするのは許せない!

「お母様はリヴィア様のことが大好きだったんです! そんなふうに思うことが悪いのですか? 両親の物でない、この金色の瞳に、お母様がそう思いたいのは悪いことですか? お母様だってリヴィア様が亡くなって悲しんでいたんです! バカにしないでください!!」

 一気に怒りをルーカス様にぶつけると、ルーカス様はポカンとして、冷たい空気を和らげた。そして。

「お前の母を侮辱するつもりはない。悪かった……」

 ポン、と私の頭に手を置き、ルーカス様は、私の目線に合う位置まで屈んでくれた。

 少し涙を滲ませた私の瞳を覗くと、ルーカス様は手で涙を拭ってくれた。

「本当に、リヴィアと同じ金色の目だ」

 私の瞳を見つめるルーカス様の顔が近くて、ドキドキする。

「い、今更ですか? 仮とは言え、婚約者なのに?」

 ドキドキを隠すように、フイ、とそっぽを向けば、ルーカス様は破顔した。

「はは、確かにな。悪かった」

 笑うルーカス様を見れば、先程の冷たい空気はすっかり無くなっていて。

「私に言いたいこと言うのはお前で二人目だ」

 そう言って笑うルーカス様に、「一人目は?」と聞こうとしてやめた。一人目は『リヴィア』だから。

「リリア」

 ニャーンと、突然トロワが空間から現れた。

 肩にいたはずのトロワはいつの間にか姿を消していたらしい。気付かなかった。

「お前の精霊か」

 突然現れたトロワにも動じないルーカス様。

 せっかく笑ってくれていたのに、元の顔に戻ってしまった。

「リリア、これ」

 せっかくのルーカス様との空気をぶち壊したトロワは、気にせず私に瓶を手渡した。

「これは……」

 見覚えのある虹色の『リヴィア印』のポーション。王都に来るときに持って来たけど、また机の奥に隠していた。

「必要そうだったから」

 トロワがドヤ顔で言うので、私は思いっ切り褒めた。ナイスタイミングよ!

「ありがとう! トロワ!」

 私はトロワを抱きしめると、ルーカス様の方に向き直った。

 トロワの言葉がわからないルーカス様は、私たちのやり取りを不思議な顔で見ていた。

「ルーカス様、これ!」
「……! これは……」

 差し出した『リヴィア印』のポーションにルーカス様は驚いていた。

「トロワが家から見つけて来たみたいで。その、お母様の遺品に紛れていた物だと思うので、お父様には内緒に…」

 アレクに伝わると、嘘がバレてしまうので、私はルーカス様に口止めをした。

「そんなことでアレクは怒らないと思うが……」

 そう言って口元を緩めたルーカス様は、「わかった」と約束してくれた。その言葉に私は安心する。

「じゃあ、ルーカス様…、」
「ああ、急いで渡そう」

 私の言いたいことを汲み取って、ルーカス様はポーションを手に、急いで中に入って行った。

◇◇◇

「いつもの倍ふっかけられたぞ、足元見やがっている!」

 『リヴィア印』のポーションで、治療院の急患も命をとりとめ、何とか落ち着いた時に、アレクがポーションを手に帰って来た。

 アレクにはルーカス様が「治療院の倉庫の奥で一つだけ見つかった」と説明してくれた。

 私との約束を守ってくれて、ホッとする。

「しかし、ポーションが高騰しているのは問題だな」
「リヴィア様がいなくなって、ほぼ独占事業と化してるからな。顧客も貴族がほとんどだし…」

 どうやらポーションは手に入りづらくなっているらしい。貴族がお金に物を言わせて独占しているらしく、高騰する一方だとか。

「あのー、私がポーションを作ります」

 難しい顔をしている二人に、私は挙手をして言った。

「リリアが?!」
「お前は結界の修復があるだろう」

 驚いた顔を見せたかと思うと、二人は同時に私には無理だと言いたげに話した。

 失礼すぎる!

「フォークス領で練習してみて、失敗はしたんですけど、次は作れると思います」

 あのとき、失敗したことにしたけど、実は『リヴィア印』のポーションを作った。

 今度は手加減しないでもっと質の良い『リリア』のポーションが作れるのはわかっている。

「リリア、嬉しい申し出だけど、無理はいけないよ?」

 アレクが心配そうに言うので、私は笑顔で答える。

「トロワの力も借りるので大丈夫です!」
「俺の力無くてもリリアなら作れるけどな」

 ニャーン、とトロワが突っ込むけど、二人には聞こえないので良しとする。

「本当に出来るのか?」

 ルーカス様は真剣な顔で私を見下ろしていた。

「はい! 任せてください! リヴィア様の治療院を守る手助けをさせてください!」

 両手の拳を握って、ルーカス様に元気よく返事をすると、ルーカス様は嬉しそうに笑った。

「そうか、なら任せる」

 ルーカス様がこの治療院を大切に思ってくれていたことがその表情でわかった。

 その笑顔に私はまた胸がキュウとなるのを押さえつけた。