魔王の婚約者

 王太子の執務室。
 広くてシックな部屋。
 コート掛けには白いコート。デスクの後ろの壁にはサーベルがかけてあった。
 ソファがあるテーブルに王太子となぎさが向かい合ってついている。なぎさはシックなドレスを着ていた。sプリンセスシューズを履いていた。
 二人の前にはコーヒーカップ。王太子は金髪(ブロンド)のセミロング。胸にはスカーフ。白いシャツに白いベスト。
 「へえ、なぎさは妖精と話せるのか」
 と、王太子がいった。
 「え、ええ」
 と、なぎさは答えた。
 「この部屋にも妖精はいるのか」
 「ええ」
 と、なぎさは答えた。
 なぎさには部屋にいる妖精がみえていた。
 「なんていっているんだ?」
 と王太子。なぎさは口ごもった。いたずら妖精は「顔だけ」「かっこだけ」といっているのだ。
 「ん?」
 王太子はいぶかった。
 「ははん」
 と、王太子。
 「悪い、なぎさ。うちの宮廷の者どもが。こともあろうに不審者とは。そんな失敬なことは無礼千万。許せぬだろう。バカ者どもだ。恥を知れ。不気味極まりない奴らめ」
 と、王太子。なぎさはびっくりした。
 「あ、いえ、そんな」
 「いや、いいのだ。きゃつらは気が違えているのだ。信じられぬやつらだ。そろいもそろって不審者とは」
 「あ、いやですから」
 「いいのだ、なぎさ。あなたも、きゃつらが気に入らぬだろう」
 「あ、いえそんなことは」
 そのとき、王太子の周囲を飛び回っている蝶やトンボの翅をつけた妖精が「顔だけ」「かっこだけ」とせせらわらっていいたてた。
 「たく、知性も教養もない柄の悪いやからだ。ここのものは信じられぬ、不審者なぞ、得体のしれぬ日本語を使いおって」
 「いえ、そんなことは」
 「かっこだけ」「顔だけ」と妖精がせせら笑っていた。
 「よりにもよって私のフィアンセ(婚約者)に向かって。大切な契約相手なのに。許せぬ」
 王太子は立ち上がった。
 「ええーい。腹が立ってきた。ここのやつらは異常者だ。なんというやつらなんだ」
 王太子はいきりたっていた。なぎさはびっくりした。そのとき・・・・・・。
 「顔だけ」
 「かっこだけ」
 と、多数のいたずら妖精がはやしたてた。
 「顔だけ」
 「かっこだけ」
 「顔だけ」
 「かっこだけ」
 いたずら妖精は王太子のあたりを飛び交い、王太子を小ばかにしたようにいいたてていた。
 「おやめなさい」
 となぎさは思わず立ち上がり怒鳴った。
 「す、すまない。つい感情的になってしまったのだ」
 と、王太子。なぎさははっと我に返った。
 「そうじゃなくて、そうじゃなくて」 
 と、なぎさ。
 「ん?」
 「違うんです」
 「違う」
 「え、ええ。妖精が王太子のことを「顔だけ」「かっこだけ」とこけにしているものだから、つい」といってなぎさははっとなった。
 「え」
 と、王太子。なぎさはしまったと思った。
 瞬間、王太子が笑い出した。
 「ははははははははは」
 「え」
 なぎさはとまった。
 「そ、そうか、妖精は私のことを「顔だけ」「かっこだけ」と笑いものにしていたわけだ。なるほど。確かに私は妖精はなぎさのことを言っていると思い違いして、一人で怒っていた。ばかだよなあ。まさに「顔だけ」「かっこだけ」ってわけだ」
 「ち、違うんです」
 と、なぎさ。
 「いや、いいのだ。宮廷内でも顔だけ、かっこだけで、通っておるわ。顔だけ、かっこだけの王太子でござーい」
 といって、王太子は道化師のようなそぶりをした。それを見て、なぎさは思わず吹き出してしまった。
 「す、すいません」
 それでもなぎさは笑っていた。
 「いいのだ。面白いだろう。顔だけ、かっこだけの王太子ござーい」
 王太子はまた道化師の真似をした。
 なぎさは大爆笑した。
 「はっはっはっ。どうやら、私はかっこいい男ではなく、道化師のような面白い男だったようだ」
 なぎさは笑った。
 「そんなことないですよ。かっこいいですよ」
 「いやいや、これでいいのだ。面白いだろう。顔だけ、かっこだけでござーい」
 そのとき、妖精が「顔だけ」「かっこだけ」と騒いだ。なぎさはさらにおかしくなった。
 「王太子、それはおかしいですよ」
 「そ、そうかなあ」
 突然、王太子は踊りだした。
 「私は王太子、宮廷一、いや宇宙一の道化師(ピエロ)、よって面白い男、顔だけ、かっこだけでござーい」
 「顔だけ」「かっこだけ」「顔だけ」「かっこだけ」
 妖精が王太子と踊っていた。
 「お、王太子、それはおかしいですよ」
 「私は王太子、顔だけの男、かっこよさしかないやつ、顔だけ、かっこだけでござーい」
 なぎさは笑った。