「要さん」に指定された建物は、普通じゃ気付かないようなビルとビルに挟まれた小路に建っていた。


 第一印象は「少し怖いところ」

 昼なのに薄暗くて、人の気配がなくて、入り口が狭い。光沢のない黒い壁には、色褪せた広告が無造作に貼られている。

 足元を見れば、まだ火の消えていない煙草が細い煙を上げていた。


「……ここ、だよね」


 鞄の紐をぎゅっと握って、私は何度も深呼吸した。昼から夜へと飛び込むような得体の知れなさに胃が痛くなる。


 人がいなくて良かった。もし入口に人がたまっていたら、きっと階段を上がる勇気は出なかった。


(……セミの声が聞こえる)


 遠くひびく、夏の音。

 空は抜けるように青いのに、よごれたアスファルトに伸びる私の影は途方にくれている。


 汗をかいているのは暑いからだけじゃない。

 背中にはりつくTシャツをちょっと不快に思いながら、私はコンクリートの階段に足をかけた。


 握った手に、力をこめて。