ふう、と心の中でため息をついて、私はこっそり視線を窓際の席へと向けた。

 教室の喧騒とは別の座標軸にいるみたいに、無表情に教科書をめくっている「彼」。

 話しかけることはできなくて、代わりに、鞄の中の携帯にそっと視線を落とす。


 極度に機械音痴な私にとって進学祝いに買ってもらった携帯は「よくわからないけど便利な板」と大差なく、用事がなければ置きっぱなしになることも多かったけど、最近は何気なく眺める時間が増えたと思う。


「あ」


 画面上部に新しいメッセージを知らせる通知があらわれる。慌てて画面をタップするとアプリが立ち上がり、短い文章が展開された。


『お疲れ。帰りいつものところで』


 ……


 ……あ。ダメ。
 口元がゆるんでいるのが自分でもわかる。

 必要最低限の情報を伝えるメッセージが届くのは一日に一度程度だけど、だからこそとても大切なもので。


「何笑ってんの?桂」

「あ、ううん、ちょっと友達から連絡あって」


 ごまかすように手を振る私を見る雪乃の目は何か言いたげだったけど、嘘をついたわけじゃない。

 そう。友達、のはず。

 向こうは知り合い程度にしか思っていないかもしれないけど。


 友達、で。

 ……大切な人。


 私は急いで指を動かして、返事をかえした。


『わかった、待ってるね。黒崎くんも、テスト勉強お疲れ様』