そして消えゆく君の声

「……」


 自然に、自然に、と思っているのに、ともすれば二つの足は歩調を速めようとする。

 握りしめた手の平は、暑くもないのにじっとりと汗をかいていた。

 まるで掃除されていないホコリだらけの階段をあがって、ガラスのひび割れた扉をゆっくり開く。

 ギイッと重々しい音が上がると同時に、それまでの薄暗さが嘘のような、明るく澄んだ青が視界に飛びこんできた。


 黒くよごれたコンクリートと、真っ青な空の対比がまぶしい屋上。ところどころ残る浅くにごった水たまりに、真昼の陽がきらきらと乱反射している。 

 その中央に、手すりに寄りかかるようにして立つ黒崎くんの背中が見えた。 


「早いね、歩くの」


 私の声がスイッチだったみたいに、長い首がゆっくりと振り返る。

 まず傷ついた片頬が視界にはいって、次に切れ長の目と視線が合った。

 表情は読めない。
 何を考えているのか、何を隠しているのか。


「……日原が、遅いんだよ」

「そうかなあ」

「いつもぼんやりしてんだろ」

「えー、それって歩く速さと関係ある?」


 普通に交わされる軽口。

 いつも通りの会話。

 でも、私も、きっと黒崎くんも気付いている。お互いの表情がすごくぎこちないことに。