私はぎゅっと幸記くんの手を握って、一歩、また一歩、入口へと近付いた。

 外はまだ雨が降り続いているみたいで、ひょろりとした細長いシルエットは傘をさしている。 


「ぁ、のっ!」


 ドアが開くと同時に、大きな声で相手に呼びかける。

 勢いづいて、ひっくり返ってしまった声。けれどその呼びかけは、もっと大きな言葉にかき消された。


「幸記っ!」


 叫びに近い声は想像していたような冷たいものじゃなくて、激しいあせりと心配に満ちていた。

 顔を隠していた傘が後ろにかたむいて、青ざめた顔が植えこみの照明にてらし出される。


「………え」


 私は、言葉を失った。

 呆然自失。

 きっと、相手も同じ気持ちだったと思う。だって、雨空よりまだ暗い色の目が大きく、大きく見開かれたから。


 柄の短い折りたたみ傘が、ガーゼを貼った手からすべり落ちて石畳をころがる。

 容赦なくふりしきる雨に濡れながら「彼」は傘を拾うでもなくその場に立ち尽くしていた。


「……なんで」


 呆然とつぶやいた言葉が雨音に吸いこまれて、消える。

 けれど、私は返事をすることも、屋根の下に入るようすすめることもできなかった。


「………」


 ただ幸記くんの手を握りしめて、目の前に立つ黒崎くんを見すえるだけだった。