それが、私と幸記くんが部屋で交わした最後の言葉だった。

 ほどなくして、幸記くんの「家族」からマンション前についたことを告げる連絡が届いて、私たちはエントランスへと向かった。


「……」
 

 不確かな足取りで歩く幸記くんの手をとってエレベーターに乗っているあいだ、私はひたすらこれからのことを考えていた。

 幸記くんは平気だと言っていたけれど、平気なら、あんな風に痣だらけになるはずがない。

 逃げ出して、一人で泣くはずがない。


 ここで別れてしまっては駄目だ。


 なんとかして幸記くんの連絡先を聞かないと、もう一度会うきっかけを作って、事情を聞かないと。


(でもどうやって?)


 携帯は無理。教えてもらえない。

 さびしい笑顔で私の手を拒絶した幸記くん。吸い込まれそうに黒い目は何もかもをあきらめていた。

 だからといって勝手に警察や相談機関、周りの大人に知らせたら、取り返しのつかないことになるかもしれない。


 じゃあどうすればいいんだろう。


 家族は……まともに話してくれるとは思えない。そんな人なら、幸記くんが傷だらけになっているはずがない。


(このまま、傍観するしかないの?)


 そんなの、見捨てるのと同じだ。どうにかしないといけないのに。

 痛む頭を抱えているあいだにもエレベーターは下へ下へと動きつづけて、ついに、軽快な電子音を立てて停止する。

 ゆっくりと開いた扉。オートロックの、厚いガラス扉に映る人影。


 きっと、あれが幸記くんの家族だ。