そして消えゆく君の声

 通話を終えると、幸記くんはもう一度ため息をついて肩をすくめた。

 見ているだけでやるせなくなるような、あきらめに満ちた表情が広がっている。


「帰る、の?」

「うん。家族が迎えに来るらしいから」

「でも、その、さっき逃げたかったって……そ、それにっ、その傷って、あの、もしかして」

「……平気だよ」


 全然平気そうに見えない、痛々しい笑み。首を動かした拍子に、鎖骨近くに残る黒ずんだ痕が見えた。


「な、なにかあるなら、警察とか……っ」

「警察はやめて。お節介で通報したりしないでね、絶対」


 早口に、きっぱりと告げられた拒絶に意味がわからなくなる。

 なぜ、言ってはいけないのだろう。幸記くんは、ひどい目に会っいるのに。こんなに傷だらけなのに。


「ちゃんと説明できなくてごめん。でも、大丈夫だか……」


 嘘ばかり重ねる悲しい言葉に、私は思わずテーブルを叩いた。


「大丈夫じゃない、そんな怪我、大丈夫なわけないっ!」


 自分でも、びっくりするくらいの大声。こんな声を出したのなんてきっと初めてだ。膝を握りしめて唇を噛む。

 やるせなくて、わからなくて、悲しくて。

 けれど、幸記くんはひっそりと、ちいさな木の葉みたいに笑うだけだった。


「……桂さんは、いい人だね」