たまにこうなる、と言っているから一時的なものかもしれないけれど、草むらを一歩ずつ進む足どりはひどくおぼつかない。

 古綿色にけぶる夏の夕空は、この子の目にはもっと濃いもやに包まれて映るのだろう。


「……助けてくれて、ありがとう」

「いえ、病気とかじゃなくて良かったです」

「名前、聞いてもいい?」

「日原桂です」

「……桂さん」


 確かめるように呟いて、かすかに笑う細面はつい目を奪われるほど可愛い。

 華奢な手足とうるんだ大きな瞳はまるで小動物みたいで……なんて言ったら、さすがに失礼かな。そこまで年下ではないだろうし。


「俺は、永江幸記って言います」

「永江く……」


 長い首が、横に振られる。


「幸記」

「え?」

「幸記って、呼んでもらえたほうが」


 照れくさそうに目元を染めると、男の子……幸記くんは私の腕につかまりながらゆるい坂を上がって、街灯の下で立ち止まった。

 白い光に浮き上がる雨。濡れて肌にはりついたシャツ。そして、クセのない黒い髪と黒い目。

 折れそうな身体を伸ばして空を見上げる幸記くんは消え入りそうなほど綺麗で、はかなくて。


「…………」


 どうしてだろう。

 胸のなかでふくらむ気持ちは、不可解さよりも、不安のほうが大きかった。