「あの、あのね、私も、もう一つお礼言わなきゃっ」


 追いかけて、呼びかける。
 胸が、不思議なほどドキドキしていた。


「保健室のことありがとう。心配してくれたのも」

「覚えてたのか、あれ」

「声、聞こえたから。半分くらい夢のなかだったけど」

「……余計なことするんじゃなかった」

「黒崎くん、親切だよね。嬉しかった」

「そういうこと、真顔で言うな」


 低いトーンでしゃべる横顔は、なんだか困っているみたいで。

 やっぱり不器用で優しかったんだ、私の思った通り! とか言ったら、きっと怒られてしまうだろうけど。


(良かった)


 良かった、話ができて。
 届かないと思っていた影に、ようやく追いついた。



 あたたかい春の夕暮れ。

 不意に訪れたちょっとだけ特別な放課後が、私と彼の関係を変えた日。

 胸の奥に、小さな想いが生まれた日。



 あの日の、嬉しいような、気恥ずかしいような気持ちは、今でもよく覚えている。