いつも通りの無愛想な声。

 けれど、そこに不機嫌そうな響きはない。曲がった襟を指先で直して、何か言いあぐねているみたいだった。


「借りって、私なにかした?」

「……わかってないのかよ」

「ごめん、全然」


 私が、黒崎くんに?

 むしろ助けてもらってばっかりな気がするけど。傘のこととか、保健室とか。

 まったく心当たりがなくて、きょとんと首をかしげていると。


「わっ」


 不意にポンと肩をはたかれて、反射的に首をすくめる。


「朝のこと」

「あさ?」


 骨ばった大きな手がほんのわずかに強張って、



「……………ありがとう」



 消え入りそうな声でささやかれた、お礼の言葉。

 突然のことに目を見開く間もなく黒崎くんの顔は離れていって、私が顔を上げたときにはもう、沈みかけた夕日に照らされる後ろ姿しか見えなかった。

 朝。

 朝のこと。

 最初は言葉の意味がわからなくて、数秒後、点が線につながる。


(……そっか)


 黒崎くんは、私が女の子と黒崎くんの喧嘩に割って入ったことを言っているんだ。余計なことしたかもって思ったけど、黒崎くん、喜んでくれたんだ。


 胸に染み入るあたたかい気持ち。

 足が、身体が、なんだか軽くって、嬉しいのだと気付いた。