「……」
突然の出来事に、私は傘を握りしめて立ちつくすことしかできなかった。
「行っちゃった……」
初めて喋った男の子。
交わしたのはたった二往復の短い言葉。
それも、素っ気ない声と、不機嫌な表情つきの。
でも、手の中に残った傘には確かな「親切」がこめられていて。
「……いい人、だな」
ゆっくり、じんわり。
雨が地面にしみ入るように、胸にわき出でるささやかな好意。
「……うん、いい人」
もう一度くり返して、できるだけ丁寧に傘を開く。
艶のない真っ黒な折り畳み傘は実用第一って感じで、黒崎くんによく似合っている気がした。
「明日、お礼言わないと」
